Wikitopia:
「みんな」でつくる未来都市
私たちの生活する都市は、いったい誰の手によってつくられているのでしょうか?自治体政府、大企業、建築家や都市計画家といった専門家集団ーー様々な答えが考えられますが、いずれにせよ街をつくる権限というものは都市のユーザである一般市民に広く分け与えられているわけではなく、特定の組織や人々に集中して割り当てられていると言えるでしょう。対してウェブサイトなどデジタルな人工物の世界に目を向けると、WikipediaやLinuxなど複雑で大規模、かつ信頼性の高いシステムが「みんな」の手によってつくられている事例が多く見られます。そしてそのようにして「みんな」でつくられたシステムは、多様な人々の要望を公正に反映できる民主性、急な社会変化にも迅速に対応できる柔軟性、プロセスの透明性に根差した信頼性など様々な利点を備えています。
私の研究では、このようなデジタルメディアを特徴づける共創的な人工物の生産方法(ピア・プロダクションなどと呼ばれます)を現実の街づくりへと応用することで、市民による自発的な問題解決や民主的な合意形成の積み重ねを通して絶えず編集・改善されていく未来の都市、Wikitopia(ウィキトピア)を実現しようとしています。
これは突拍子もない話に聞こえるかもしれません。しかし住民が自発的に街をつくっていく試みには国内外に様々な事例が存在しており、近年では米国西海岸発のパークレット制度(住民が公道の一部を自主的に小さな公園につくり変えることを許容する制度)など公的制度の整備も進んでいます。つまり住民が、地域にこれが欲しい、これが必要だといったアイデアを思いついたときに、それを自らの手で実現することを支援する仕組みが次々と登場しているのです。
このようなボトムアップ型の街づくりは、現状まだローテクかつ小規模な活動にとどまっています。私は最新の技術を駆使することで「みんな」の手による街づくりを大幅に加速および一般化し、平凡でありふれた、ごく当たり前の活動へと押し上げていくことを目指しています。
研究活動の中心は、前述したWikitopiaの土台となる新技術の開発です。私は、Wikitopiaの実現を目指す上で以下の4つのカテゴリーに属する技術群が特に重要な役割を果たすと考えており、それに従って技術開発の方向性を決定しています。現在、最も注力しているのは街づくりプラットフォーム「dédédé(ででで)」の開発と運営、およびそれを拡張現実を用いて発展させた次世代プラットフォーム「Wikitopia OS」の開発です。
dédédé(https://dedede.de)は、街に関する様々な意見(ええで・あかんで・なんで)を「みんな」で共有し合うためのウェブ上のプラットフォームです。一種のソーシャルメディアであり技術的に特筆すべき部分は少ないですが、街づくりに関心を持つきっかけを提供し、街についての市民の生の声を集める仕組みとして有効に機能し得ると考えています。今後、無償のサービスとして長く運営を続け、世界各地でワークショップなどを開催し普及に努めていく計画です。
Wikitopia OSは、dédédéと拡張現実を組み合わせることで、街に関する市民の意見、改善案や未来像、その他街にまつわる様々な情報を、都市の風景と一体化した形で提示する次世代街づくりプラットフォームです。まだ開発途上であり完成までの道のりは長いですが、従来の拡張現実よりも高い表現力を持たせることを目指しており、「この一帯が広場になれば?」「屋外広告を禁止したら?」「建物の高さ制限を導入したら?」など、大規模な環境の変化を伴う街づくり施策の結果も臨場感を持って視覚化することが可能になります。また市民から収集された多様な意見やアイデアを集約し、そこから「街の民主的な総意」を導出する人工知能も搭載します。屋外用の拡張現実では、デバイスの正確な位置認識を行うことの難しさがしばしば問題になりますが、Wikitopia OSは新しいマーカー技術「Ninja Codes」によってこれを解決します。
これら以外にも、市民によるDIY的な都市の緑化を3Dプリンティングを用いて支援する技術「Printable Garden」や、プログラマブルなIoT照明装置「AnyLight」などの開発を行っています。またイタリア・オーストラリアのチームと共同で、街づくりへの市民参加の効果を定量的に分析あるいは予測することを可能にする新たな都市の数理モデルを構築する試みも進めています。


正直なことを言うと、Wikitopiaという概念は最初はただの思いつきに過ぎませんでした。それが少しずつ研究プロジェクトとして具体化されてきたのは、国内外の大学や自治体、企業や各種団体の方々との交流や協業の結果です。過去にはWikitopia International Competitionと題したデザインコンペも開催し、そこへの応募作品からも研究の方向性に対して多くの示唆を得ています。Wikitopiaは「みんな」でつくる未来の都市を目指す概念ですが、この概念自体も「みんな」でつくり上げてきたものであり、今後も「みんな」で発展させていくものだと考えています。
私の研究の最新情報については、プロジェクトのウェブサイト(https://wikitopia.city)を随時更新しておりますので、そちらをご覧いただければ幸いです。