ファウンダーメッセージ
ソニーコンピュータサイエンス研究所は開設以来、その一貫したテーマとして「オープンシステム(開放系)」を掲げています。開設当初、人工知能や分散システムに関する研究を行うにあたって、これまでの科学の方法論を用いることに対する漠然とした不安を持ちました。時を経るにつれ、その不安の要因が、我々の研究対象がオープンシステムであるからだということを理解するに至りました。

オープンシステムとはクローズドシステム(閉鎖系)に対するものです。これまでの科学技術は問題の領域を定義し、単純な部分問題に分割し、それぞれを解き、結果を再構成することによって問題を解いてきました。しかしながら、近年我々は切り取って定義することが出来ず、また、容易に部分問題に分割できないような問題を解かねばならない状況に至っています。その一般的な例としては地球環境や持続可能性、経済現象や生命の問題を挙げることができます。これらの問題は、多種多様な要素が複雑に相互に関連し、それらの要素を含むサブシステムの状態が同時並行的に変わって行きます。

人工システムにおいては、インターネットで接続された巨大なシステムやマンマシンインタラクションを挙げることができます。巨大なシステムでは時々刻々システムの境界領域や提供されるサービスが変わり、システム全体を制御するために必要な要素システムについての十分な知識を持つことほとんど不可能です。また、真に使いやすい利用者環境を提供するためには、人間について良く知らなければなりません。ところが人間は、極めて多元的で、その行動は状況や時間に強く依存します。これらの問題を還元論にのみ立脚して理解し、解決しようとすることには無理があると考えました。

このような大きな課題を解決するために、ソニーコンピュータサイエンス研究所は「解析」、「合成」に加えてシステムの時間的な変化に対する「運営(マネージメント)」の概念を加えた新しい科学の方法論を2008年に提唱し、これをオープンシステムサイエンスと名付けました。この方法論はその後以下の具体的なステップとして表現されました。

対象とする問題とその領域を定義する
その領域上で解決すべき問題のモデルを出来る限り第一原理を用いて詳細に作成する
モデルの振る舞いが時間経過とともに自己矛盾を起こしたり実システムの挙動と乖離することが無いか調べる
もしも許容範囲を超えた矛盾や乖離があるときはモデルを修正し、必要なら対象の領域を変更する
以上を満足するまで繰り返す。
これまでの科学の方法論が物事を深く掘り進むための方法を与えたのに対し、オープンシステムサイエンスの方法論は、物事を常に相互関係の中で理解し解決してゆくための方法を与えます。これら2つの方法論を相補的に用いることによって、近年我々に突き付けられた問題に対する解決の手段を与えると考えます。

オープンシステムサイエンスの実践は研究室に閉じこもっていてはできません。研究室内では与えられた領域の研究に励むことによって問題を深堀りすることはできるかもしれません。しかしながら、現場を見ない限り、その問題と他の問題の相互関係を理解した上でその問題を解決することが来ません。ここで、ソニーCSLが標榜する「越境し、行動する」研究態度が必要となるわけです。すなわち、越境し、行動することはオープンシステムサイエンスを実践するための本質だということが出来ます。

所 眞理雄
株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所
ファウンダー