6月4日に、CSL設立20周年を記念したシンポジウムを開催しました。735名(うち476名がソニー関係者)という大勢の方に参加いただき、シンポジウムタイトルでもある「21世紀の社会と科学・技術」というテーマについて活発な話し合いが展開されました。
まず冒頭にて中鉢社長よりキーノートスピーチを頂きました。学生時代からソニーに入社するあたりまでのご自身の経験をユーモアを交えながら披露していただき、1時間ほどのスピーチだったにも関わらずあっという間に時間が過ぎたように感じられました。最近発見されたばかりという夏目漱石の100年前の講演を引用しつつ、今後の社会の発展には、科学と技術と教育の三者がバランスの取れた状態で存在しているだけでなく、三者の密接な連携が重要であるとしました。また、地球資源の有限性による成長の限界が見えてきた今こそ、科学・技術の活躍する場が増えることを強調されました。 次に国際教養大学理事長/学長の中嶋峯雄先生からもキーノートスピーチを頂きました。国際社会学者でもある中嶋先生は、現在の国際教養大学の教育方針や運営形態の紹介などを交えながら、教育の重要性、とりわけ異文化の混じり合う空間での学びの場が、国際的に通用する教養の高い人材を育てるためには重要であることをお話されました。
これら二つのキーノートスピーチの後、CSLの所眞理雄所長と北野宏明、暦本純一、高安秀樹、茂木健一郎の4名の研究員によるプレゼンテーションがありました。ここでの重要な共通キーワードは"Open"でした。
トップバッターは"オープン・システム・サイエンスに向けて"と題して所所長。これまでの真理探究型のサイエンスから問題解決型のサイエンスへと移行していく必要のあること。言い換えると、これまでの「真理探究型の科学」に加えて「設計・開発の技術」と「運用・改良のマネージメント」とを統合・融合した新しい科学が必要であるとし、この新しい考え方に基づく科学を「オープンシステムサイエンス」と定義しました。また、これまでの還元主義に基づくアプローチで解明できる個々の事象はほぼ解明し尽されている一方で、今後人類が解決すべき課題に対しては、研究者や研究成果が専門分野の垣根を超えてオープンに交流して協力し合う形(オープンコラボレーション)で取り組む必要のあることが強調されました。
北野による"生物学的ロバストネスに基づく創薬・ヘルスケア"では、創薬の分野において特許の切れた薬を複数組み合わせることで新たな効能を見出そうとする「Open Pharma」の考え方が既に台頭しつつあることが紹介されました。加えて Google Health に代表されるように健康情報が医療機関から個人の手に移りつつあり、医療のオープンソース化とでも呼べる動きが起こりつつあることが指摘されました。
暦本による"サイバネティック・アースへ"では、インターネットのさらなる浸透に加えて、この上に各種センサ情報などが流れるようになると、ますます実世界(リアル)とネットワークの世界(ヴァーチャル)の融合が進み、地球のサイボーグ化とでも言うべき状況が到来することを予見しました。そして、個々人の能力にバインドされていた知識が物理的な制約を受けないネットワーク上に解き放たれてオープンに共有されると、我々が常識的に想定するのとは根本的に異質な「知性」が生じ得るという構想を披露しました。
高安による"経済物理からの提案:『金利』に代わるシステムの必要性"では、これまでのような成長を前提とする金融・経済のシステムには限界があることを指摘した上で、経済物理学的な考察に基づいた金利に頼らない新たな金融の仕組みが提案されました。これは、ハイリスクな案件に対して高金利を設定するという従来の考え方ではなく、結果としてハイリターンを得た者からより高い金利を回収するというものです。知識とともにリスクとリターンをもオープンに共有するという精神に則った考え方であり、近年の winner takes all の風潮に疑問を呈するものでもあります。
茂木による "脳から学ぶ偶有性の設計原理" では、ミラーニューロンなどの脳科学的な知見を引き合いに出しながら、個性や独創性が他人との関わり合いの中からのみ生じ得るものであることを示しました。例えば、ノーベル賞は第一発見者にのみ贈られるものですが、その発見が多くの先人たちの研究や活動と同時代人との交流の上に成り立っているという事実は、個人の独創性とは何かを問うものです。"Open or Die"、オープンであらざるを得ないことは神経科学的見地からは自明であり必然であると強調しました。
そして、最後に所所長をモデレータとして、プレゼンテーションを行った先の4名のCSL研究員に加えて中嶋先生にもパネリストとして参加して頂き、21世紀の科学と技術の展望についてディスカッションをしました。人間のクリエイティビティは現状の技術によって制約されており、ユーザインタフェースやテクノロジーの進展によってまだまだ伸張する余地があるという明るい展望が披露されました。一方で、経済的な成功を唯一あるいは主要な目標とする価値観から変化していかない限り環境問題は解決せず、人類の幸福・発展はないというのも共通の認識です。人間の欲望と資源の有限性をどのようにバランスするか?という問題はエンタテインメントにも深く関係があります。人をどのようにエンタテインするかというのは、偶有性をいかに設計するかであり脳科学的には非常にチャレンジングな課題であることなどが指摘されました。
いずれにせよ今後我々の前に立ちはだかる課題に対しては、オープンコラボレーションによって知識や研究成果を共有しつつ、その上で知恵を働かせることが重要であることを確認しました。文化とは知識のフローであり、文明とは知識のストックとその上での知恵の体系である。CSLとしては将来の文明を創ることに貢献したいと締めくくりました。
(テクノロジープロモーションオフィス 佐々木)
This article is available in Japanese.