研究内容
京ソニーCSL – 京都では、各研究員が自らの関心や専門性を反映した独自の研究計画を策定し、研究室全体の目標である「ゆたかさ」の探究を進めています。以下は、現在当研究室で取り組んでいる研究テーマの一部です。
『茶の湯』文化の探究・拡張
『茶の湯』文化の発展的な未来を見据えた研究と実証を開始し、茶美会文化研究所による監修のもと、ソニーCSL – 京都内に数寄屋建築の思想・技法とデジタル技術が併存する茶室「寂隠」を開設しました。
茶室「寂隠」は、両社共同の活動として、『茶の湯』文化の発展的な未来を見据えて、デジタル技術の研究と実証を継続的に重ねる実践の場であり、これまでにない新しいアプローチを試みるものです。人間拡張技術などこれまでにソニーCSLにおいて研究開発してきた様々な技術を取り入れながら、茶の湯文化の本質や精神性を尊重した茶室を構築して、新たな体験の創出に取り組み、現代社会への還元を試みることで文化の発展への貢献を目指します。
現時点で、「寂隠」内には「拡張作法伝承 by JackIn Space」「立体茶会記 by NeARportation」「雪見扉 by Squama Yukimi」などの研究開発テーマが組み込まれています。
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工芸・伝統の拡張
長い歴史を持つ伝統文化と最先端のテクノロジーとを融合させることで、新しい体験や製品を生み出す活動を進めています。長く日本の首都であった京都には、今でも様々な伝統文化が受け継がれており、人々にとって身近なものとして親しまれています。こうした伝統文化の中には、現代を生きる我々にとっては新鮮に映る価値観や、時代を超えて人を惹きつける普遍的な価値観が息づいています。
情報技術には、その成り立ちの経緯から一部の地域、一部の文化圏の価値観が色濃く反映されています。我々は京都に現存する伝統的な工芸や料理、演劇や建築などから学ぶことで、古くも新しい独自の視点に立った技術開発を行いたいと考えています。情報技術に異質な価値観を持ち込み、それを人や社会の希望に真に応えられる、より「ゆたかな」技術へと進化させる一助となることを目指しています。
各リサーチャーの研究テーマ
下記についてはソニーCSL – 京都に所属している4名のリサーチャー(暦本 純一、竹内 雄一郎、シナパヤ ラナ、堺 雄亮)が取り組んでいる研究テーマです。
人間拡張(暦本 純一)
「人馬一体」という言葉に象徴されるように、究極のテクノロジーは人間と相対するものではなく、人間を置き換えるものではなく、人間と一体化し、人間を拡張していくものだと考えています。従来のHCI (Human-Computer Interaction) が人間と機械との界面(Interface)を意識した研究領域だとすると、私は人間と機械の融合 (Human-Computer Integration) と呼ぶべき領域に注目し、人間拡張学 (Human Augmentation) を提唱しています。拡張の範囲は知的なものにとどまらず、感覚、認知、身体、存在に敷衍して考えることができます。このような発想から、JackInと呼ぶ人間や機械への全感覚的な没入、人間とAIの融合(Human-AI Integration) などの研究を行っています。拡張の範囲は個々の人間にとどまらず、人と人、人と技術がネットワーク上で融合し、その能力が相補的に拡張していく未来社会ビジョン、IoA (Internet of Abilities) を提唱しています。
未来都市と公共(竹内 雄一郎)
先端的な科学技術を活用することで、ウェブ上の百科事典Wikipediaのように「みんな」でつくる未来の都市を実現することを目指す研究プロジェクト、Wikitopia Project(ウィキトピア・プロジェクト)を進めています。
我々の生活する都市は、いったい誰の手によってつくられているのでしょうか?自治体政府、デベロッパーなどの大企業、建築家や都市計画家といった専門家集団――様々な答えが考えられますが、いずれにせよ街をつくる権限というものは都市のユーザである市民に広く分け与えられているのではなく、特定の組織や人に集中して与えられていると言えるでしょう。対してデジタルの世界では、WikipediaやLinuxなど複雑で大規模、かつ信頼性の高いシステムを「みんな」の手でつくり上げる様々な仕組みが機能しています。そして、そのようにして「みんな」でつくられたシステムは、多様な人々の要望を反映する民主性、変化に迅速に対応できる柔軟性など数多くの利点を備えています。
我々はこのような仕組みを現実の街づくりに応用し、市民による自発的な問題解決や民主的な合意形成の積み重ねを通して絶えず編集・改善されていく未来の都市(=Wikitopia)を実現しようとしています。効率化を第一に据えた「スマートシティ」とは異なる、新たな未来都市のビジョンを模索する試みです。
参考資料:
Wikitopia Manifesto(2019)
スマートシティからWikitopiaへ:都市の未来を再考する(2019)
人工生命(シナパヤ ラナ)
生命とはいったい何でしょうか?驚かれるかもしれませんが、実は現代においても科学者の間でその明確な定義はありません。異なる目的のために考案された複数の定義が存在していますが、それらは互いに矛盾してしまっています。
生命とは何か、それを理解するためのひとつの道筋は、「生命らしいもの」を人工的に作ってみることでしょう。生命らしい振る舞いをする様々な人工物を作り動かしてみることを通して、生命にその特徴的な性質を与えている要因を探るのです。これは、「人工生命」という分野の研究者が取っているアプローチです。
我々は、人工生命に関する独自の試行を通して、生命の謎に迫る新たな発見をすることを目指しています。特に、進化や知覚といった現象の背後にあるメカニズムを解明することに関心を持っています。こうした試行を通して得られた研究成果は、生命の持つ固有の性質、古くより人類を驚嘆させてきた生命の奥深さの一端を、人工的な製品やシステムに付与する形で役立てられると考えています。
構造・形態・創生(堺 雄亮)
近年では、コンピュータの利用により極めて複雑な構造物の設計・製造が可能になりました。それは斬新な形状を持った大型スタジアムの建設や、運搬コストの低い仮設住宅の実現などに利用され始めています。
しかし革新的な構造の用途は、いわゆる建物の性能向上に限られるものではありません。京都には精巧な水引細工や竹細工、祇園祭を彩る鉾、碁盤目模様の街路など、大小様々な幾何学的構造が溢れています。狭義の建築物を超えた幅広い対象、単なる効率化や最適化を超えた幅広い目的に構造が利用され、それは総体として環境を「ゆたかな」ものにすることに役立っています。また構造は自然界の背後にも、人間社会の裏側にも潜んでいます。構造とは単なる建築の一要素ではなく、世界を統べる原理そのものと言うこともできるでしょう。
我々はこのような視点に立ち、最新の技術が実現する構造を、今までにない用途に用いる研究を進めています。構造の革新を通して人類の創造性を触発し、次世代の世界の形成に寄与することを目指しています。