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「Research Fair 2022」開催レポート 後編

2022年 12月 13日、14日(水)の2日間に渡りソニーコンピュータサイエンス研究所 京都研究室で開催した「Research Fair 2022」のレポートをお届けします。後編のゲストsessionでは、科学技術と文化・伝統、建築情報学、量子コンピュータ、Brain-Machine Interfaceの研究者をお招きし、CSL研究員とともに議論を交わしました。

*前編のトークsessionはこちら


【Session 1 : Science, Culture and Tradition】

ゲスト:ウスビ サコ 元学長(京都精華大学)、ドミニク チェン 教授(早稲田大学)、Organizer:シナパヤ ラナ 研究員

曖昧さがあることでテクノロジーに寛容になる

 テクノロジーや科学は、しばしば伝統に相対するものとして受け止められることがあります。しかし、実際には、テクノロジーや科学は文化的側面の存続を支援するために、あるいは伝統に対する人間の欲求を満たすために使われていることがあります。session1では、人の心理とテクノロジーの関係について研究をしているドミニク・チェン先生と空間人類学を研究しているウスビ・サコ先生のおふたりを招いて、テクノロジーと伝統が融合する研究プロジェクトについて話を聞きました。

ドミニク先生は、Nukabotと呼ばれるぬか床とコミュニケーションできるAIロボットを開発しました。Nukabotは、ぬか床の発酵度合いを示すpHやORP(酸化還元電位)、塩分濃度や複数種類のガスの数値をセンシングし、人にぬかをかき混ぜるタイミングを教えたり、状態についての質問に答えたりしてくれます。サコ先生は、建築空間とコミュニティについて研究をおこなっています。出身のマリ共和国で多くみられる集合住宅での家族を超えたコミュニティや鴨川に沿って等間隔に並ぶ日本人特有の空間の使い方について調査をおこなっています。

 「日本文化の特徴である“うち/そと”の概念や縁側の使い方などの曖昧な領域認識が、重要なコミュニケーションである」とサコ先生は語ります。また日本人とテクノロジーの付き合い方で驚いたのが、配膳ロボットをはじめとする作業ロボットに対する日本人の反応だったとか。配膳に来たロボットに対してかわいいという感情をもつことは、日本人特有でありその曖昧さがテクノロジーを受け入れやすくなっているのではとのこと。

 ドミニク先生は日本発の「弱いロボット」について言及し、自身が開発したNukaBotの見た目を妖怪にアップデートすることで曖昧さを加えたという話をしました。また日本の中でも京都特有の文化について、その土地の文化を学ぶことで新たなトピックが生み出される、つまり「文化を学ぶこと自体がコミュニケーションのひとつである」と語りました。


Session 2:建築情報学者と考える、未開拓分野への跳び込み方と歩み方

ゲスト: 山田 悟史 准教授(立命館大学) 、Organizer:堺 雄亮 研究員

褒められるだけの研究は意味がない

 建築情報学とは建築を情報学の観点から研究する分野で、2020年に設立された建築情報学会をきっかけに大きく広がりました。また以前から、日本建築学会の情報・システム・利用・技術シンポジウム(以下、情報シンポ)にてソニーCSLの研究員が幾度か報告をしており、ソニーCSLは早くから建築情報学のコミュニティにも関わりがあります。Session 2では、建築情報学のようなこれから花開くであろう未開拓の分野についてのお話を、立命館大学の山田悟史先生に伺いました。

 山田先生は情報シンポの運営や建築情報学会の理事を担当するなど、建築情報学のコミュニティを盛り上げている第一人者です。建築への愛と憎しみを胸に、日本の建築というブランドを再定義しています。例えば、建築の意匠を建築家が亡くなった後も生成できるようなプログラムを制作したり、AIで建築家同士のデザインを分析することでデザイン版インパクトファクターを作成したり、さらにはVR空間の空間知覚や時間軸の設計といったXR建築理論の研究を行っています。「AIが私たちの生活をゆたかにしてくれるというのは正しいと思うが、常に快適な温度や湿度に保ってくれるというのは間違っている」と話す山田先生は、利便性を最大化するためにAIを作るのは違っていると語ります。

 人間とAIを掛け合わせて建築の研究をする発想は、助教時代に異分野に飛び込んだから。誰も役に立たないと思っていたのがある方が価値を見出し、一気に形勢が逆転したという経験を目の当たりにし「みんなに褒めてもらう研究はやる意味がない」と悟ったと言います。また他分野の人の自由さを目の当たりにし、業界の慣習を気にせず自分のやりたいことをやっていいのだと気づき、覚悟を決めて建築に戻ってきました。

 自身の研究室でも、配属されたらまず自分の好きなことについて発言する練習をするそうです。建築の研究として着地させるのは指導教官の仕事であり、学生は好きなことをやることが大切。月並みなことをやる必要はなく、歴史・文学・音楽など、どんな分野でも建築に帰結することはできると言います。コミュニティが顕在化していない未開拓の分野で研究を続けてることの難しさと楽しさについて知ることができるsessionでした。


Session 3 : トップランナーに訊く、これからの研究者とは

ゲスト: 関谷 毅 教授(大阪大学)、藤井 啓祐 教授(大阪大学)、Organizer:竹内 雄一郎 研究員

情熱を注ぐことのできる研究に出会うために

ソニーCSL京都では学生などの若い方が研究者になりたいと思えるような環境づくりを行っています。Session3では、世界の科学技術研究をリードするトップランナーから見た、研究者という職業の持つ魅力や次世代の研究者に求められる資質について語っていただきました。

 関谷毅先生はプリンテッド・エレクトロニクス研究の第一人者であり、専門は固体物理やシステムLSIなどのハードウエアです。例えば、薄いフィルムに貼り付け心電図を測定する電子デバイスや脳の活動を計測するBrain-Machine Interface (BMI)向けの埋め込み用デバイスなどを開発しています。量子コンピュータ研究の先頭を走る藤井啓祐先生は、基礎的な研究として世の中の基本的な物理法則である量子力学と、応用的な研究として情報を扱うコンピュータを組み合わせた理論研究が専門です。

 「研究アイデアは論文を含めた情報を日々浴びまくることが大切」と話す関谷先生。おでこに貼り付ける脳波計は小児科医の先生からのアイデアだったそう。まるで営業マンのように困っている方のお話を聞いて、そこから技術開発につなげていくことが大切だと語ります。さらに開発したデバイスがどのように使われるか、意外な使い方がでてくるのも楽しみにしているとか。

 藤井先生が量子コンピュータの研究を始めた頃は、100年経ってもできないSFの世界のようにみられていました。物理学会で発表しても当時は量子コンピュータについて理解している人が少なく議論にならならなかったと言います。「100年経ってもできないことを研究しているという狂気的なところに面白さを感じてた」という藤井先生ですが、現在はエンジニアリングフェースに入りソフトウエア開発が盛んになっているようです。

 若い学生に向けたメッセージとして、関谷先生は「研究者はひとつのことに専念して深く研究していくことが求められていましたが、今は横のつながりがとても大切なので専門外の人との掛け算ができるとよい」、続いて藤井先生は「自分が情熱を注げて没頭できるテーマをみつけること。現状に対しては批判的でも、未来に対して楽観的になってほしい。未来をよくするテーマをみつけてください」と語りました。


Session 4 : Internet of Brains、人間拡張、その未来

ゲスト: 栁澤 琢史 教授(大阪大学)、Organizer:暦本 純一

SFのような人間とコンピュータとの新しい関係

 大阪大学・栁澤琢史先生は脳外科医でBrain-Machine Interface (BMI)の臨床と研究をおこなっています。また、京都研究室・室長の暦本とともに、2050年までに人が身体、脳、空間、時間の制約から解放された社会を実現するムーンショット研究プロジェクト「Internet of Brains」にも関わっています。いわばアバターの社会実装を目指しており、実現すればASLなどで体が動かない方がコミュニケーションができるようになる可能性があります。また脳とAIを繋ぐ研究では、頭の中で想像した絵を画面に表示することができるBCIの開発など、SF的な話と医学が表裏一体化していた研究をおこなっています。

 ヒューマン・オーグメンテーション(人間拡張)の研究をおこなっている暦本室長は現在、サイレントスピーチのような発話を口の動きだけで読み解くことができるようなディープラーニングとヒューマンインターフェイスを結びつけたソフトウエアを開発しています。この技術は、声帯を損傷した方が発話する際に活用できると考えています。また日本人が関西弁とエセ関西弁を弁別できることに注目し、英語などの発音練習の技術開発もおこないました。どんな技術もただ使うだけでなく、人間側からの歩み寄りがあることがヒューマンインターフェイスの面白さだと語ります。 

 世界的にも企業が投資すると侵襲型のBMI研究は急速に発展しています。栁澤先生が実際にASL患者などに聞いてみると半分くらいの方がBMIを手術をしても使ってみたいと言うそうです。しかし、健常者が使うことで普通の人を超えてしまう能力がでてきてしまうかもしれません。サイボーグ007などのSF世界に影響を受けた暦本先生は「スーパーヒューマンになってしまうことの議論はあると思いますが、僕自身は被験者になりたいといち早く手を挙げてしまうタイプ」が話す一方、栁澤先生は「医療行為でなく使う場合には社会の理解が必要ではないか」と語ります。日本は安全監視社会なので難しさがあるももの社会が受け入れると技術は一気に進展すると言われます。そのためにもイノベーションには踏み込む領域や場所が必要ではないかという議論になりました。

 また、BMIが実装されることで意思伝達の方法がどのように変わっていくのかに興味があると話す栁澤先生に対し「AIで絵を描く際の潜在的空間を再現できれば、言葉ではない方法でコミュニケーションをすることができるかもしれません。テレパシーのような思い描いたイメージをパッと相手に伝えることができるででしょう」と暦本先生が答えます。

 AIと聞くと人間の仕事を奪うのではと考える人も多いですが、京都研究室では単にテクノロジーを使ったスマートや効率化ではなく、“ゆたかさ”をテーマに研究しています。自分でできてうれしいということ、と機械にやってほしいことをわけて考えることで、その先にテクノロジーと人との新しい関係がみえてくるのではないでしょうか。