ソニーコンピュータサイエンス研究所 京都リサーチ 研究員インタビュー 第1回
建築や工学のバックグラウンドを軸に「ちから」と「かたち」について研究をおこなっている研究員・堺 雄亮。幼い頃からファンタジーの世界に憧れ、フィクションを現実に起こすために、日々新しい構造物の可能性を探っている。200年後に残る構造を生み出したいと意気込む堺の研究への向き合い方とは。
まだ見ぬ構造物の創生
ーご自身の研究内容について教えてください。
私は構造の設計に関する研究をおこなっています。ミクロからマクロなスケールまであらゆるところに構造は存在しています。現在は、構造の中でも基本的なエッセンスであるふたつの要素「ちから」と「かたち」に着目しています。このふたつを研究するために必要なものは幾何学・構造力学・数値計算です。これらの要素を歯車のように組み合わせて新しい構造を設計します。
私の研究の場合、研究創発から社会実装するまでのプロセスは、構造物のモデリングから実際の構造物の製作を行い、社会での活用方法を考え、実践するという手順をとることになります。現在は個人の研究として4つのプロジェクト「Gauss Challenge Project」「Meta Cylinder Project」「Dyádikos Project」「FuniCorrugation Project」を進めています。
ー4つのプロジェクトが同時に進んでいるんですね。では「Gauss Challenge Project」とはどういうプロジェクトなのでしょうか?
「Gauss Challenge Project」は、一言でいえば“平面から多様な曲面をつくる” という研究です。数学者のカール・フリードリヒ・ガウスが「平面から曲面を生成する問題はチャレンジングな課題である」と語っていたことにちなんで名付けました。そのチャレンジングな課題について、工学的な手法を用いて実現することに挑戦しています。
まず曲面の曲率による分類から話を始めます。曲面を大雑把に分類すると鞍型、平面・円筒、椀型の3タイプがあり、それぞれ2方向の山なりのカーブの上下の組合わせによって決まるガウス曲率という曲面上の曲率の正負が異なります。鞍型や平面・円筒の曲面は身の回りにある平面状の構造物を変形させれば簡単に生成できます。例えば、一枚の紙の端を丸めると円筒ができます。一方で椀型の曲面を生成することは難しく、負のポアソン比を持つ構造(オーゼティック構造)という機械的メタマテリアル(以下では、メタマテリアルとする)を用いれば生成できます。
ーメタマテリアルとは?
メタマテリアルのmetaはギリシャ語で、英語ではbeyond(超える)を意味します。つまり直訳すると「超越材料」といわれるもので、自然界には存在しない特殊な構造をもった材料あるいは構造物のことです。例えば、均一で凸な形状を持つ六角形で構成されるハニカム構造を一方向から圧縮すると直交方向にふくらみますが、オーゼティック構造と呼ばれるメタマテリアルを一方向から圧縮して縮めると、直行する方向にも縮んで全体的に小さくなります。このような変形はオーゼティック構造を構成する幾何的なパターンの形状によって生み出されます。また、オーゼティック構造を曲げると椀型の曲面が生成されます。こうした特殊な変形をうまく利用することで、ありとあらゆる形の曲面をつくる方法を探求するのがこのプロジェクトの目的です。
具体的には、オーゼティック構造の幾何的なパターンを生成するアルゴリズムを実装し、有限要素法という構造解析手法により生成可能な曲面を調べました。応用として最適化手法を用いた設計法を提案しました。この設計法を使えば、制約はかなり大きいのですが、直感的に欲しい形の曲面を平面から生成することができます。この手法は論文(https://doi.org/10.1016/j.istruc.2021.08.067)で発表しています。さらに既存のオーゼティック構造は対称性をもつパターンで設計されるものが多いのですが、それだと生成できる曲面に限界があるのではないかということに気づいたので、非対称なパターンを使ってより複雑な形の曲面を生成する方法も考えました。(https://www.ingentaconnect.com/content/iass/jiass/2020/00000061/00000004/art00007)。
今後は、私の考案した手法で設計した構造物をスケールアップして実際の建築として使う方法を提案する予定です。この技術が発展すれば複雑な形の曲面屋根を省材料で簡単に製作できるようになると考えています。建築資材としての曲面製作は需要が高まっているものの高度な技術を必要とし、また型枠と呼ばれる再利用しにくい廃棄材料が多く出ます。私の研究がそのような問題を解決する糸口となれば嬉しいです。 また、本プロジェクトの成果の一部は、名古屋市立大学・芸術工学部での課題実習(担当:木村俊明先生)のコンセプトとして採用され、学部3回生の学生さんによる模型製作が行われました。研究成果が教育に使われ、若い人たちがそれを一所懸命に学んで新しいアウトプットを出してくれるというのは研究者冥利に尽きますね。
ーすでに社会実装のフェーズを見据えているプロジェクトですね。では「Meta Cylinder Project」とは?
自然界に普遍に観測される螺旋的な性質や現象をメタマテリアルによって再構築する試みが「Meta Cylinder Project」です。Meta Cylinderはオーゼティック構造で設計した円筒状の構造で、ねじれながら伸び縮みする特殊な変形を起こします。絵にすると理解しやすいのですが、ねじれと伸び縮みが同時に起こると螺旋階段のような軌跡が描けます。ところで、このような螺旋的な性質、とくに螺旋の向きは私たちの身の回りで重要な役割を果たしています。例えば、有機化学の分野では光学異性体と呼ばれる分子があり、同じ原子でできている分子でも原子の配置によって薬になったり毒になったりするものがあります。また、一部のカタツムリは殻が右巻きか左巻きかの違いによって天敵である蛇により捕食されやすいかどうかが大きく変化するようです。他にも左右の掌をどう動かしても完全に重ね合わせることができないというのは誰もが知っている事実でしょう。こういう鏡の中と外のような関係にある性質や現象はフィクションの世界でも「鏡の国のアリス」で描かれるなど、人間の想像の原点となるアイデアとして使われています。螺旋のような左右差があるものは物理学における対称性の破れにも大きく関係しており、これを再構築する行為は、この世界に多く存在する左右差の疑問を解くカギになりうるのではないかと考えています。
ー実際にどのような展開が考えられますか?
Meta Cylinderの応用先はソフトロボティクスや建築、機械、自動車のクラッシュバンパーなど多様な工学分野への展開が考えられます。また、血管を拡張させる医療器具にも使えるのではないかとも思っています。
しかし全く予想外の応用があったのです。茶道の裏千家の二代主宰である伊住 禮次朗さんがMeta Cylinderを「花入れ」として見立ててくださりました。メタマテリアルと茶の湯文化は、一見すると接点などないように思えます。しかし茶の湯でいう「見立て」とはものを本来のあるべき姿ではなく別のものとしてみるという考えで、これはMeta Cylinderのコンセプトである自然の再構築と似た視点ではないかと気づかされました。
ー伝統文化と技術が融合した事例ですね。3つめの「Dyádikos Project」はどのようなプロジェクトですか?
Dyádikosはギリシャ語であり、英語ではbinary(二進)です。ゼロとイチ、ポジティブとネガティブ、表と裏のような対となるふたつの概念を一つの構造に落とし込むというコンセプトの研究です。このプロジェクトでは五角形のパターンをもつ構造物が対象です。この構造物は均一なパターンゆえに構造全体の力学特性が均質化されています。そのままでも面白いのですが、そこに対となるパターンの構造をうまく組合わせると均質な特性に局所的な狂いが生まれ、相異なる力学特性が混在した構造物が設計できます。この発想は、音楽や料理などの不協和音や隠し味みたいなものと同じで、ちょっとした違和感から新たな発見を生むということを構造にしているのです。
この設計法で得られた構造物を変形させると椀型の部分や鞍型の部分を混在した複雑な形状の曲面を生成できたり、力の分布状態をコントロールできる構造物を生成できたりします。
ー4つ目の「FuniCorrugation Project」についても教えてください。
「FuniCorrugation Project」は、薄い板状の素材で空間を覆う曲面屋根を構造力学によるアプローチで生成することを目的としています。吊り下げ曲面というものがあります。これはハンカチの四隅を洗濯バサミで吊り下げた時にできるような形の曲面です。吊り下げ曲面は、ハンカチの自重そのものがハンカチを下方へ引っ張ることによって生成されます。これを上下逆さまにすると、今度は自重の影響で圧縮されます。この圧縮する力は、曲面の形状に沿ってうまく四隅まで流れていくため非常に合理的であることが知られています。アントニ・ガウディの設計した名建築であるサグラダ・ファミリアの形状もこの方法で決定されたそうです。
私は、数値計算によって吊り下げ曲面の形状を設計する方法を提案しました(膜応力の平面投影成分を用いた自由曲面シェルのノンパラメトリック形状設計法 (jst.go.jp))。しかし、この方法はコンピュータによって吊り下げ曲面を高速に求められるものの、出てくる形はどれも全体的にのっぺりとしたかたちになってしまい、少し退屈でした。そこで私は、そもそもつまらない形と面白い形の違いについて考えました。あくまで仮説ですが、面白い形には丁度よい単純さと複雑さが含まれているのではないかと。たとえば、図形の複雑さを定量化する方法としてフラクタル次元があります。フラクタル次元は1から2までの値を取ります。これが1の時は図形が極めて単純であり、2の時は極めて複雑であるとされます。印象派の絵画や茶室など、見ていて美しく心地よいと感じるモノの図形に対するフラクタル次元はちょうど真ん中である1.5付近に分布するという研究があります。つまり、すこし強引ですが、単純さと複雑さがいい具合に交わった形は人間の興味を惹く形状になると考えられそうです。この単純さと複雑さを調整する要素を曲面の形状に与えるような設計法を作ろうと思いました。
そこで着目したのが「しわ」です。動物の皮膚のしわなどの形状を導入することで、シンプルかつ複雑な形状をもつ曲面をつくれるのではないかと考えました。現在、コンピュータによるシミュレーションでいくつかの解は一応出ていますが、実際に構造物として成り立つのかを検証中です。
妄想を実現するための手段
ー堺さんのリサーチのモチベーションはどこにあるのでしょうか?
アンビルド建築と呼ばれる実際に建てられることのなかった構造や今まで誰も見たことがない形状や現象を実現したいという想いが私の研究のモチベーションです。目指すところは、200年後も淘汰されずに残っている、原点のような構造の実現です。また、SFの父と呼ばれる小説家のジュール・ヴェルヌが語った「人間が想像できることは必ず実現できる」という言葉も信じていて、妄想を現実にするビジョン・ドリブンな研究をするように心がけています。
ー構造に関する研究を始めた理由は?
実は特別な理由があったわけではなく、大学4回生の時の研究室配属で構造に関する研究室を、なんか面白そうという単純な理由で選んだのがきっかけです。そこで与えられたのが「離散的エラスティカを用いたグリッドシェルの形状設計法の提案」という建築構造の設計に関するテーマでした。当時はただ指導教員の指示をこなすだけでしたが、次第に自分が「平面を変形させてさまざまな曲面をつくる方法の探求」という汎用的な工学的価値を持つテーマに挑戦していることを認識するようになりました。
当時、個人的な興味でメタマテリアルの文献を読み漁っていて、私はメタマテリアルのSFチックな特性に憧れていました。自分のテーマにメタマテリアルの設計を導入すれば、今まで誰も見たことがない曲面を平面から色々作れてしまうのではないかと妄想したことが今の研究につながっています。
ー専攻はコンピュータサイエンスでなく、建築だったとか。
そうです。学部から京都大学工学部の建築学科に進学し、修士課程も博士後期課程も建築の研究室に在籍していました。建築のデザインでいうと、自分の妄想の世界を作り出したいという欲望を持っている人は多いのではないでしょうか。ただ私は、その妄想を実現するにはどのような構造であるべきか、ありえないデザインをどう実現するのかに興味がありました。このような研究では、建築だけでなくHCI(Human-Computer Interaction)や物理学、数学といった幅広い分野の知識や技術をフルに扱うことで面白い成果が生まれるのではないかと私は考えています。
ー最初のアイデアはどのように生まれたのですか?
教科書や論文を読んで掛け算をして見えてきた感じですね。コレとコレって実は繋がっているんじゃないか?とか、繋がりがありそうな掛け合わせを考えます。そのためには、インプットを大量におこなうことが重要です。建築や構造に関する論文はもちろんですが、そうでない論文もたくさん読みます。ひたすら論文を読んで、気になるキーワードを芋づる式に掘っていくことで新しいアイデアをひねり出します。
また、ふたつのモノを見た時、その裏に何か共通することはないかと考えます。例えば、茶の湯の花入れと螺旋的な動きをもつメタマテリアルだったら、花入れは自然の再構築であり、メタマテリアルは螺旋の再構築であるといったように、共通した言葉で繋ぐことができます。研究をやる上ではみんな自然にやっていることではないでしょうか。組み合わせから、ブレイクスルーが生まれたりしますよね。
ー例えば街を歩いていてアイデアがパッと閃く、といったことはないですか?
あまりないですが「Dyádikos Project」は、東山区にある六道珍皇寺から影響を受けました。仏教の教義でいわれる六道の分岐点で、この世とあの世の分かれ目になっているといわれています。幽霊をモチーフにした日本昔ばなしの舞台になっていたり、霊や死といった概念が結びつく場所です。そこの前を通っている時に、「Dyádikos Project」のテーマとなる、対となる二つの特性を一つの構造に組み合わせるという研究テーマを思いつきました。このように、具体的な建築を手本にするというよりは、水面の波の動きのような現象や生と死のような概念に惹かれ、そういったものをアイデアの参考にするんですよね。
いかに研究で社会に還元できるか
ー研究のプロセスで一番好きなところは?
自分で手を動かして解析した結果を見ている時でしょうか。アウトプットとして思ったようにできたり、想像していなかった面白い現象が確認できた時かもしれません。実験をやっているようなものですかね。ただ、ソニーCSLは大学の研究室と違い、様々な領域の研究者の集まりなので、出てきた現象をすぐにシェアする相手がないのが、ちょっと寂しいです。論文にまとめたり学会で発表したりするわけですが、そのスピードだとワクワクするフレッシュな気持ちをシェアするには少し時間が掛かるなと感じる時もあります。もちろん、学問としてその手続きが必要なわけですが。
ー主に建築関係の分野で発表されていますが、どのような反応が多いですか?
この研究はこういう面白い展開がありえるのでは?といった前向きなコメントをよくもらいます。手順に関する突っ込みや否定的な質問は少なくて、コンセプト自体について応用の可能性を聞かれるんです。私としては毎日見ているので目新しさはないんですが、コンセプトに目新しさを感じてコメントをもらうことが多いです。
ー構造をテーマにしている研究者は多いのですか?
建築の構造に限っては、特に耐震技術など、日本の研究は世界に先行していると思いますし研究者も企業も多いです。しかし、私のような「かたち」と「ちから」をテーマに新しい構造を生み出そうとしている人は少ない。正直、なかなか予算もつきにくいですからね(笑)。こんなことを研究して何になるの?と言われることもあります。でも最近は少し風向きが変わってきている気がします。一緒に国際会議で発表をしたこともある企業は、メタマテリアルを実際に産業応用し始めていて、時代の流れとしてもこの研究領域が脚光を浴びつつある気がします。
ーなるほど。研究をしているとそれが何に役立つのかということを度々問われますよね。ご自身の研究はどう役に立つと考えていますか?
実際にモノとして作ることができます。例えば、円筒形のメタマテリアルはステントという医療器具に応用が可能です。また衝撃吸収性能がいいので、体に負担のかからないようなスポーツ用品の開発などにも応用できると思います。もちろん、建築にも応用できます。可能性はいろいろとあると考えています。
ー研究に行き詰まることはありますか?
よくあります。メタマテリアルを試作している中で満を持して設計したものが全然ダメだったり。そういう場合は、次々と試し続けるだけです。フローに入っている時はいいのですが、論文にまとめ終わると、次に何をしたらいいか迷うこともあります。やるべきことは沢山ありますが、でもその先を常に考えておかなければなりません。そして、研究成果は社会へ還元しなければいけないと感じています。
ーでも堺さんは、まだ研究員として2年目ですよね?
とはいっても、私は既に指導教員のもとを離れているため研究者としては独立している立場にあります。そのため研究者としての評価は何年目であっても同じように受けると考えています。でもソニーCSLのいいところは、5年や10年単位で続くようなインパクトのある研究をやりなさいと言われるところ。これは単に論文数で評価される世界とは少し違います。だからこそ、自分の研究をどうやっていくかをじっくりと日々考える必要があり、同時に常に何かを生み出し続けなくてはいけないのです。
200年後の世界を見据えて
ー研究を続ける上で、大事にしていることは何ですか?
先ほどの話とも繋がりますが、研究のその先に社会にどう繋げていくかまで考えることです。論文を出して終わりではなく、そこからどうするか。テーマを選ぶ段階でも、先に広がりがあるかということを常に考えています。また研究者としては、200年後に残るような構造を考えたい。100年後ならまだ少し想像がつくのですが、200年後だと多分私のことを誰も知らないけど構造の種は残っているかもしれない。そういう種を作りたいんです。
ー影響を受けた研究者はいますか?
大学院時代の指導教員である京都大学の大崎純先生から研究のイロハを習ったので、間違いなく先生の影響は受けています。今でもお手本にさせてもらっています。あとは折り紙の研究で世界的に有名な東京大学の舘知宏先生です。舘先生はいろいろな「かたち」に対して興味を持っていて、学生が考えたモノを面白がって、学部生でも論文を出せるまで育て上げています。純粋に「かたち」のことが好きで、アイデアを見つけ出すのがとてもうまい。舘先生の考え方から学ぶものは多いです。
ー子どもの頃の経験に研究が繋がっていると感じることはありますか?
『指輪物語』(著者:J.R.R. Tolkien)を小学生の頃に読んで、壮大な物語を精緻に作り上げることについて思いを馳せるようになりました。『ハリー・ポッター』(著者:J. K. Rowling)もそうですが、人間ができないことを魔法で解決するというのは夢物語ではありますが、アイデアの宝庫だと思います。
ー小説を書くのではなく建築に進んだのはなぜですか?
小説を書きたいと思ったことはありますが、実際に書くことはしませんでした。文章力がなかったし、小説家になるというハードルの高さもあったと思います。あとは現実世界に密接に結びついた技術への興味もあったのと、数式をいじったりという理系的な作業が好きだったんです。だからその間をとって建築に進みました。
ーどういう状況になったら、自分の研究がそれほどの影響力を持つことになったといえるのでしょうか?
建築の分野でいえば、新しい構造システムの分類ができることでしょうか。例えば「メタマテリアル建築」という言葉が生まれ、分野として世界中に広く息づいていく。どんな曲面でも自在に作れるというシステムができ、それが実際に普及したら、複雑な工程や時間をカットして思った形をつくれる社会になる。建設業のあり方が変わるのではないかと思います。ほかの分野に対しての影響としては、「Dyádikos Project」で制作している構造はおそらく世にまだない。幾何学と構造の架け橋になる原理を作れたら、いろんな分野にインパクトを与えると思います。
ー衣食住でいえば、住は言わずもがな、衣服にもメタマテリアルは十分応用できそうですよね。食分野での展開は考えられますか?
実は食はテーマのひとつとして検討していました。食感は構造と関連していますよね。例えば、スパゲッティの麺のかたちは沢山の種類があり、今までにないかたちの麺を作れたら、新しい食感が生み出せるのではないかと考えたんです。でも調べていくうちに、デザイン分野で商業的にやられている方や企業がすでにあったので、今のところ予定していないです。でも研究としてはまだまだやられていない分野ではあると思うので、食や味覚の研究者と共同研究の可能性はあるかもしれません。
ーひとつの理論を確立すれば、自ずと他分野にも広がっていきますよね。
誰か他の人にその理論が使われていくということは、確実に役に立っている理論だということです。そうなると嬉しいですね。例えば『指輪物語』はさまざまなファンタジーの基礎になっています。登場人物の種族や設定などが、色々な物語に引用されている。それはきっと100年、200年後にも影響を与えるわけで、とても理想的な展開です。
自分を表現できる研究の世界
ー研究者になろうと決めたきっかけは?
正直、ノリで決めた感じです(笑)。もともと大学で学んだことを活かして食べていきたいという気持ちがあり、それと同時に自分で考えたことを表現したいとも思っていました。実際に研究をやってみたら、研究そのものの面白さにも気づいたんですよね。それで研究者を選びました。
ーどんな経験をして研究が面白いと感じたのでしょうか。
学部3回生の時、京大のアカデミックデイというイベントがあり、そこで建築の先生のポスターセッションを見たんです。普段、教室で講義している時と全くテンションが違って、すごく楽しそうで。なるほど、研究というのは普段の授業とは全く違う楽しいものなんだなと知ったんです。工学部は研究室と学部生のキャンパスが離れていることもあり、教育者としての先生しかみていなかった。また他のポスターなどもみて、自由な発想があるんだなと。それまでは、自分が考えたことを発表できるのは企業の社長や自分で事業をやっている人でないとできないと思っていました。上から言われてやるのではなく、自分で考えて形にして発表していい世界がある。それが研究なんだと知ったんです。
ー実際にソニーCSLで研究を初めて感じたことは?
ただ研究だけをやっていればいいという場所ってほぼないですよね。そう考えると、ここまで自由に研究に集中させてもらえるというのは、研究者にとってかなり理想的な環境だと思います。実はソニーCSLに入社していなかったら、大学にいらっしゃる先生のポスドクをやる予定でした。ひとつ後悔しているとしたら、その先生のもとで研究ができなかったことでしょうか。とはいえ、今はソニーCSLに来てよかったと思います。どうしても尊敬する先生の元にいると影響を受けてしまいますよね。それはどこの研究室にいても同じだと思いますが。だから研究者として自分の完全なオリジナリティを追求できる環境で、より成果をしっかり出していきたいと思っています。
京都で繋がる「ゆたかさ」
ー京都リサーチのテーマは「ゆたかさ」です。「ゆたかさ」と自分の研究をどう位置付けていますか?
私が最近感じているのは、「ゆたかさ」には繋がりがあることです。深みや広がりといったじんわりと浸透していくイメージがあって。紙の上に絵の具を垂らすとじわーっと広がりますよね。そういう繋がっていくイメージです。例えば、構造のタネになるかたちがあったとして、生物学者からみると植物のこの部分と似ているよねとか、一つのかたちをみていろいろな議論ができる。味わいがあるというか、スルメみたいな噛み応えがある感じでしょうか。噛み締めていると味が幾重にもでてくる。それが「ゆたかさ」であり、繋がりなのではないかなと。
先程の舘先生と、東京オリンピックのロゴをデザインされた野老朝雄さんらがCONNECTING ARTIFACTS(CONNECTING ARTIFACTS (google.com))というかたちをテーマにした企画があるのですが、彼らの活動を見ているとその名の通りかたちが様々なつながりや広がりをもたらしてくれることを実感できます。自分の研究もそのような繋がりの点となるようにと心がけています。
ー京都だからできることは?
地元を起点とした伝統産業とのコラボレーションでしょうか。ファーストステップとしてはわかりやすいですよね。私の研究が何に結びつくかはまだわかりませんが。でも何か一緒に文化的な価値のあるものが生み出せたらいいと思います。京都の伝統産業に関わる人たちは、特に自分たちの信念をもって、独自の色を出しながら仕事をしている方が多いと思います。研究者としてもとても大事な姿勢だし、業種が違ってもあそこには負けへんで、と思っている。我々にとっても彼らは仲間でありライバルでもある存在なのではないでしょうか。出来て数年の「よそさん」の研究室が、何百年も伝統のある方々をライバルとみなすのは大変おこがましいかもしれませんが(笑)。
京都の人は、古くあるモノを大事にしていますが、新しいモノを楽しむことも好きなんですよね。祇園の街並みをみていても、伝統的な町屋の隣に、メカメカしいクラブの建物があったり。また、鴨川沿いなんかは人工物と自然が違和感なく混ざっていて、皆それを楽しんでいるように思います。もちろん、抵抗があるモノもあって、それは下品やなって拒絶するんですが(笑)、そうでないモノについては受け入れる。選別はするけど、受け入れる時は受け入れる、ある意味で素直な場所だと思います。東京も、そのまま入れるところは素直ですよね。京都は選別があるので、京風と呼ばれるモノになっている。それが京都らしさになっているのだと思います。京都リサーチでもそういった京都らしさを含む研究が生まれると面白いと思います。
自分が落ち着く居場所をみつけたい
ー10年後、ご自身の研究はどんな展開になっていると思いますか?
それは今一番、想像つかないことですね。今こうして京都リサーチで研究をしていることも、数年前まで想像できなかったことです。10年後も変わらずここに居たとしても、今とは全く違う研究をしているかもしれません。むしろ、今やっている4つのテーマを続けていることはないと思います。やっていたとしても、ひとつはスケールして自分の手を離れている可能性もありますよね。どういうテーマや課題に出会うかわからないし、そもそも研究者という職業自体が存続していないかもしれませんよね(笑)。
ー今後、研究以外に取り組みたいことはありますか?
研究に近いですが、自分の構造を使って作品を作ってみたいです。でもそれだと研究になってしまうのかな。論文として書ききれない部分を昇華する方法として作品を作れたらよいと思います。あとは、京都の街に居場所をつくりたい。10年住んでいますが、未だ自分がよそさんであるという感覚が強いんです。自分の居場所が家以外にはない。とくに大学を卒業してしまった今では街にちゃんとはまり込める場所がなかなかみつけにくい。例えば、鴨川には毎日のように同じ場所にいる人がいるわけです。川の妖精ちゃうか?ってくらいフィットしていて。その人たちのように自分がそこにいても許されるような居場所を見つけたいです。
私の幼少期は親の仕事の都合で転居が多く、一度形成されたコミュニティがリセットされやすかった。引っ越し先の新しいコミュニティには割とすぐ馴染めるのだけれど、結局のところ自分はそこでは「よそさん」であって本物にはなれないなという感覚がありました。幼稚園から一緒の友達とか、中高6年間一緒とか。そういう世界があるのは知っているけれど、自分は体験したことがないから、ひとりで完結させる癖があるんですね。そのため、ある意味でソニーCSLの環境は向いていたのかなと思います。でも、できれば職場以外にも自分が調和できる場所を京都の中で見つけたいですね。
堺 雄亮(さかい・ゆうすけ)Yusuke Sakai
ソニーコンピュータサイエンス研究所 京都リサーチ アソシエートリサーチャー。博士(工学)。構造形態と機能に関する研究を行う。とくに、機械的メタマテリアルの特性を活かした変形構造の設計に興味がある。2019~2022年 日本学術振興会特別研究員(DC1)。2022年3月に京都大学大学院 工学研究科 建築学専攻 博士後期課程修了後、現職。2020年にInternational Association for Shell and Spatial StructuresよりHangai Prizeを受賞。
企画:柏 康二郎、文:服部 円