3月16日-18日に開催されたソニーコンピュータサイエンス研究所Open House 2022(プレスリリース)。初のオンライン一般公開となった本イベントは大盛況のうちに終了いたしました。その模様について、ノンフィクションライター 古川 雅子氏にレポートいただきました。
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https://www.sonycsl.co.jp/OpenHouse2022/
ソニーコンピュータサイエンス研究所(ソニーCSL)の研究所公開イベント「オープンハウス2022」が3月16日〜18日に開催された。全23セッションのテーマは、「本当に一つの研究所の発表⁈」と驚くほど幅広く、スケールの大きな脳内トリップを堪能させてもらった。
全体を通して、今、ソニーCSLの研究員がどんな未来構想を描いているのか、どんな風にして世の中に変化をもたらしたいと考えているのかが「語りの絵巻図」のように可視化された印象を持った。というのも、今回は新型コロナウイルス感染症の影響により、初めてのオンライン配信となったからだ。映像を駆使したデモンストレーションに加え、研究員とコラボレーターとの等身大の「生トーク」がいいスパイスを利かせていた。本音交りのトークセッションを通じて、研究者それぞれのパッションが直に伝わってきた。
初日、北野所長のキーノートスピーチに続いての新規研究員によるオープニングセッションに登場したのは、2019年からソニーCSLにジョインし、メンタルヘルスに寄り添う脳神経科学の研究に携わる研究員の小泉愛さん。どのようにすれば、基礎研究と現実社会のギャップを埋められるか?と日々考えながら研究を進めているという。怖い記憶を克服する「ニューロフィードバック」のトレーニングなど、さまざまな研究開発を通じて得られた知見から、トラウマティックな出来事に対応する脳の働きは未来の危機への防衛のメカニズムであり、「過保護なまでに私たちを守ってくれている」ものの、その一方で、人類の進化の過程では「とても適応的なものだったと考えることができる」と話した。私たちを悩ませる不安や恐怖に対して、長い歴史や社会レベルで俯瞰した見方を加えることで、多様な視点が得られるのではないかと考える小泉さんは、メンタルヘルスの領域にサイエンスだからこそ貢献できることがあるという。不安や恐怖といった一見ネガティブな事象を脳の揺らぎや個性として捉える中で、「メンタル・バリアフリー社会」の実現を目指すあり方は、画期的なアプローチだと惹きつけられた。
動画によるデモで目を引いたのが、鈴木裕之さんによる、超小型の医療ロボットの発表。鈴木さんがリサーチ段階で開発した手のひらサイズのロボットは、折り紙の仕組みを利用していて、小さく畳んである薄い躯体が、パッと開く。コンパクトなロボット躯体を、鈴木さんは、折り紙とアンドロイドの掛け合わせで「オリガノイド」と名付けていて、語呂がいい。驚いたのは、制御技術。例えば、一辺0.5mmの四角形の線の上を針でなぞっていく作業は、顕微鏡で拡大して確認してみると、人間の場合、どんなに器用な人でも手ブレで線からはみ出す。それに対して、この制御技術を使えば、サブmmスケールの精度を保ちながら正確に線をなぞれる。手技と機械を使った動きとを対比して見ることで、はっきりとした違いがわかった。こうした技術の発展で、将来的にはμmスケールの精密作業を「誰もが簡単に行う」ための小型ロボットの実現を目指しているという。例えば眼科など、精密な作業を要する領域で使える手術ロボットが実現したら、私たちの安心感は一層高まるだろうと思った。
「Data & AI」をテーマにする初日を締めくくった「Future of AI」のセッションの発表者の顔ぶれは、一括りにAIの研究者といっても、実に多様だ。東京からフランク・ニールセンさんとミカエル・ シュプランガーさんが、新設された京都研究室からはラナ・シナパヤさんが、パリからはガエタン・ハジェレスさんが登壇。多様な研究者が多拠点から一堂に会してのオンライン発表は新鮮であり、幅広く上質な内容に、しばし時を忘れ聞き入った。各者の最近の研究発表の後は、4人の徹底討論の時間に。複数の「お題」に対し、4人が独自の見解を述べあった。例えば、「深層学習、機械学習のような現在主要のメソッドは、AIを達成するのに十分か? それとも、何か不足していることがあるか?」という問いに対しては、フランクさんが、「AIシステムを次の段階に引き上げるのに必要な要素がありそうだ」とした見方を具体例とともに提示。するとラナさんは、「今、研究に足りないものが何か自体が、私たちはわかっていない」という理由から、この「お題」の議論自体が難しいという前提を示した。一方で、笑顔を浮かべたラナさんは、「(研究に)何かが不足していてほしい。なぜなら、何も不足していないなら、研究者としてはその先つまらないから」という。彼女のリサーチャー魂たっぷりの言葉を受け、他の3人も相好を崩した。分野は違えど、それぞれが研究にかける思いは同じなのだろう。
「Human Augmentation&Creativity」をテーマにした2日目、臨場感あふれる体験ができたのは、2020年に新設されたソニーCSL京都のラボ案内、あるいは京都へのショートトリップになるという趣向となっていた「JackIn体験」のデモ。ウェアラブルカメラを装着した人が現場で見ている「1人称360度映像」を遠隔地にいる私たち参加者に、リアルタイムでつなぐ試みだ。「茶の湯の文化の継承・拡張」にも取り組む京都研究室において、いずれ茶室に改造する和室の会議室には、大きなパノラマディスプレイ。襖絵のように壁一面に広がるディスプレイに大写しされた京都の風景を、「JackIn越しに」私たちが味わうというのは、不思議な感覚だった。
また、京都研究室で、地道な人づくりのスタートラインに立つ研究が、テクノロジーを使う未来都市の構想「wikitopia(ウィキトピア)」のプロジェクトだ。参加型の社会デザインに、テクノロジーを使って何ができるか?を模索する。竹内雄一郎さんは、「みんな」でつくる都市のあり方を模索するため、最近、京都でまちづくりに関する「ででで」プロジェクトを始めた。「ええで、あかんで、なんで」という3つの“で”の情報を集めるから、「ででで」。例えば、まちにさりげなくあるベンチの形が面白くて「ええで」という風に、まちを練り歩いて得た「みんなの気づき」を情報として持ち寄るのだという。
外部協力者も含めて、多様なメンバーによるチームワークの良さを感じたのが、「Breaking10s」プロジェクト。「義足アスリートが本気で100メートル10秒を切る!」ことを目指しているという。元陸上選手でDeportare Partners代表の為末大さんがファシリテーターを務め、リオ・パラリンピックの銅メダリストの佐藤圭太選手を交えてクロストークが行われた。このプロジェクトをリードするソニーCSLの遠藤謙さんは、為末さんから「パラアスリートが100メートル10秒の壁を切った結果、社会にどういう価値がもたらされると思いますか?」と問われて、こう答えていたのが印象的だった。
「スーパースターが集まる競技で、健常者のチャンピョンよりも義足の選手が速いかもしれないというモヤモヤは、みんななんとなくある。私たちには、障がい者が健常者より劣っているんじゃないかという先入観が、心のバリアを生んでいる。でも、走るというシンプルなスポーツで、整えれば障がい者がタイムで勝るとすれば、あれ? この勝負って、障害ってなんだったっけ?と、一回我に返ると思う。(中略)障がい者と健常者の間にある壁をぶち壊す、ものすごい大きなトリガーになると思う」
アスリートと同じ方向を向き、社会の変化も視野に置きながら一直線に突き進む研究者の情熱が、遠藤さんの言葉にそのまま表れていた。アツい志を持つ研究者だなというのが、静かな語り口からも伝わってきた。
最終日、印象に残ったのが、「宇宙光通信プロジェクト(SOL Project)」のプロジェクトリーダーの岩本匡平さんと、共同開発者である宇宙航空研究開発機構(JAXA)の澤田弘崇さんの対談だ。小型光衛星通信実験装置「SOLISS」がISSに送り届けられ、2020年3月に「宇宙空間で」イーサネット通信が開通するまでの顛末が面白い。元々は民生のテクノロジーを宇宙に持って行くにあたり、「果たして本当に宇宙で通信できるのか?」と、当初は二人とも胸の内では思っていたという。気の遠くなるような検証を重ね、実証成功に導いたが両者一体の奮闘ぶりが窺える。
複雑系科学を用いながら生物多様性を取り戻し、人間と自然の共繁栄のかたちをつくる「協生農法(シネコカルチャー)」プロジェクトも興味深かった。発表の冒頭、リーダーの舩橋真俊さんが農園からメッセージを届けた。土の仕組みを構築し生態系を作る協生農法と慣行農法との違いを、土の上に立って解説。そこから若いチーム員にバトンが渡って、太陽光発電、教育、食、介護……と多彩な国内外のコラボレーターによるリレーメッセージが展開された。協生農法は、アフリカ、ヨーロッパ、中国などでも展開されているという。北野宏明所長が「小さいながらも、大きな影響力を持つ組織」を目指す研究所のあり方として掲げる「Global Influence Projection」をすでに体現しつつあると感じる発表だった。
各発表を通じて、多様なアクター、多様な仲間を巻き込む様子が垣間見えた。巻き込み型の大型研究は一足飛びにはいかないものではないか。どんな工夫が必要なのかーー。オープンハウス3日間を総括する最終セッションで、そんな質問が寄せられた。登壇した北野所長は、「バラバラのアクターを一箇所に集めても、(アクター)それぞれの人の中に多様な見方やいろんな知識があって、多様な者同士が集まらないと、アイデアはうまく混ざらない。もともと発想が多様な人同士のチームづくりが大事」と答えた。
一方で、暦本純一副所長は、「(研究者に大事なのは)ものすごく速く手を動かし、ものを作れるSuper Builderであり、同時に大きく事業を構想できるSuper Thinkerでもあるということ。パッと作れるけれど、同時にものすごく速く考えられる。(その2つの役割を)分離して他人に任せちゃうと、うまくいかなくなる。(ものづくりと構想のループの)両方が回っていてホットな状態が一人の中に凝縮している感じの人がいい」と望ましい研究者像を提示した。
自分で自分に壁打ちした後に、仲間とのコラボレーションを活発にして「世界を変えに行く」(北野所長)のがソニーCSLの研究員。ものすごくタフな仕事だなと思った。と同時に、この研究所から生まれる未来を見ていたい!という気持ちが一層高まった3日間だった。
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