オープンハウス2022 オンライン開催にあたって
創立34周年を迎えた「ソニーコンピュータサイエンス研究所(ソニーCSL)」は、3月16日(水)〜 18日(金)にオープンハウス(研究所公開)を開催する(プレスリリース)。AI 、Human Augmentation(人間拡張)、Sustainabilityなど、取り上げるテーマは超多様。リサーチャー自らによる発表、および研究者同士のセッションは、3日間で23に上る。
ソニーCSL代表取締役社長兼所長の北野宏明氏は、今回のオープンハウス開催に際して、研究所のミッションステートメントに「惑星」というキーワードを新たに掲げる。北野氏は、指針改訂の意図と今後の組織作りの方向性について語った。
(聞き手・古川雅子 / ノンフィクションライター)
1. ロックダウンという“地球環境実験”から見えたこと
2. 「一人で世の中を変えてこい」と背中を押す
3. 個を保ちながらダイナミックに拡散する
4. 「地理的な分散」で超多様な組織を実現
ソニーCSLでは、創設時から「人類の未来のための研究」というミッションを掲げてきましたが、今回、そこにPlanetary Agenda(惑星規模の課題)を加え、「人類とこの惑星の未来のための研究」としました。これには理由があります。
そもそも「人類」の課題を考えているだけでは、地球全体がもうサステナブルではないという、惑星環境からの要請です。いまの社会構造・産業構造のままでは、ほぼ解決に至らないだろうということが新型コロナによるパンデミックで明白になりました。どういうことかというと、新型コロナウイルスの流行で、2020年の前半には世界の至る所でロックダウン(都市封鎖)を余儀なくされ、ある種、“地球スケールの環境実験”が敢行されたわけです。国によっては、この期間にGDPが半減したところもあるぐらいの劇的な制限が実施されました。しかし、CO2の排出量は一時的には減っても、気候変動を回避するレベルには程遠い状態でした。そしてロックダウンが解除されると、結局は元の木阿弥になったというデータが出ています。さらに、森林伐採などいろいろな面での環境悪化が続いて生物多様性が失われれば、未知のウイルスのホストとなっている野生動物と人間の接触機会も増え、これによりパンデミックのリスクも上がってくるだろうという予測もあります。同時に、生物学的多様性の損失が大きな地域は、一人当たりGDPが非常に小さい地域、つまり貧困地域であることが多いということもわかっています。我々の人類文明を中心に見ていたのでは、そのサステイナブルな進歩すらも危ぶまれます。その意味で、より大きなスコープで、「この惑星の未来」という視点から考えていくことが必要だと思うのです。
ソニーCSLにおいても、惑星規模で課題に取り組む研究が幾つか立ち上がってきています。「拡張生態系」という概念を掲げて生物多様性を取り戻す観点から農業を捉え直す「協生農法」や、再生可能エネルギーによる持続可能なエネルギー社会の実現を目指す、超分散型の「オープンエネルギーシステム(OES)」の研究などがその一例です。また、JAXAと共同で開発を進めている「宇宙光通信プロジェクト(SOL Project)」では、実験装置がISSに送り届けられ、開発の舞台は宇宙に移りました。CDプレーヤーなどで培ったソニーオリジナルの光ディスク技術を応用しており、衛星間、あるいは地上と宇宙間の大容量データ光通信の実現を目指しています。例として挙げた、協生農法やOES、SOL Projectの研究も、今回のオープンハウスで最新の発表を行う予定です。
世のため人のため、今流に言えば「持続可能な社会づくり」を行う研究所として、これからはグローバルなプレーヤーと組みながら、「いかに、この惑星にいい影響をもたらせるか」と目線を上げていくあり方が、私たちのレゾンデートル(存在価値)となると私は見ています。
そもそもソニーCSLは、“小さい組織”であり続けることを大事にしている研究所です。組織が小さいことのメリットは、ものすごく大きい。私たちの研究所では、個々の研究プロジェクトはリサーチャーが単独で行い、研究補助の人材を2〜3人付ける程度から小さく始めます。この規模なら、うまくいかないことがあっても、すぐに方向転換をすればいい。その一方で、「これならいけるかも」という急所を見つけたら、リソースを思い切り突っ込める。こうした機動性の高いあり方は、研究所が意外性のある研究要素を削ぎ落とさないための最重要ポイントだと思っています。
リサーチャーは、東京だけで20人弱と、人数自体も少ない。プロジェクト単位で参画している人やスタッフ、学生の研究補助も含めても、せいぜい100人位です。96年に設立したパリ支社に加え、2年前に開所した京都の研究室を合わせても、150人程度。そんなに小規模で「世界を変える」には、個々の研究者がものすごいパワーを発揮していく必要がある。そして、重要な研究を、自分らの手で世に問い、世の中を変えていくということを明確にするために、「越境し行動する研究所」という旗を立てました。「越境」とは、研究分野の境目、国や地域の境界、研究か事業かなどの区別を超えて、ビジョンの実現のために全てを投入していくということを意味しています。そして研究が重要であるならば、それをしっかりと自分の手で世の中に展開していくことが重要だと考えています。
この「越境し行動する研究所」が、小さいながらも本当に世の中を変えていくためには、それを実現できる戦略が必要となります。
「越境し行動する研究所」を標榜し「一人で世の中を変えてこい」というものの、本当に1人だけで世の中を変えるのは難しい。そこから発想されたのが「小さいながらも、大きな影響力を持つ組織へ」というコンセプトで、3年前に、これからの研究所のあり方は、「Global Influence Projection」なんだと言語化して打ち出しました。皆の意識を合わせるため、このフレーズは、普段からリサーチャー全員に標語のようにして共有しています。
要となる言葉は、「Influence(影響力)」。世の中を強力に、グローバルなスケールで「Projection(投写)」していくというイメージです。「ソニーCSLは『0から1』のところに特化した組織であり、そこから先は、研究者自らがソニーCSLの外部も巻き込みながら牽引して大きく展開してほしいのです。「0から1」がしっかりとできたなら、次は、「1から10」のトリガー・アクションを行うフェーズと、「10から1000」のあらゆるステークホルダーを巻き込むスケールアップのフェーズ。ここはリサーチャーが「仲間たち」をいかに巻き込めるかが重要です。彼らは、もともと人類や地球に貢献できる志や、世界にインパクトをもたらす技術のアイデアを持っていますから、それぞれが熱を持ってアクションプランを世に打ち出せば、それに賛同する人は必ず出てきます。ソニーCSLは、組織として研究者による変革の「源流」をつくるところをサポートしていきますから、リサーチャーは多くのよい仲間を巻き込んで、世の中の流れを作っていってほしいのです。
もちろん、これまで通り、研究者それぞれの自主性を重んじますし、自由にやっていいよと言っています。それで、私の役割は何かといえば、それぞれの研究者に「一人で立ち向かい、世の中変えてきてほしい」と背中を押すことです。
私たちが求めるのは、「自分はこの研究で世界を変えられる!」と思い込む力を持つ人材です。もともとソニーCSLの場合、特に公募をしていなくても、「CSLのドアを叩けば、きっとなんとかなるに違いない」と思い定めて飛び込んでくるような人が多く集まってきます。我々が求めているのは、見えないドアを見つけて、それを自ら開けることができる人なのです。
個性を生かしつつ、先に挙げた「Global Influence Projection」を具現化する組織を作るためには、個々の研究者が「越境を厭わない」マインドの醸成が欠かせません。私は目線合わせのために、最近は「Dispersive Organization(拡散する組織)」という合言葉を使っています。
白い光をプリズムに入れた時、光が七色に拡散して見えますよね。光学でいう「Dispersion」です。日本語に直訳すると「分散」。差し込んだ光線が波長ごとに別々に分離される現象のことを言います。我々の研究やその展開においても、多様な見方から、光が分光されるように、そこに内在する本質を見出すことが重要です。また、Dispersionは、ある物質が他の物質の中に浸透していくときにも使われます。我々のビジョンや行動が、あらゆるステークホルダーの共感を得て大規模に拡散していくイメージです。自分達の枠を決めて、内側と外側とに垣根を作っていては、影響力を発揮することはできません。自分の研究に共感してくれる外部の人たちのところにどんどん染み出していき、ソニーCSLという組織からもはみ出して、貪欲に相互作用し、世の中に浸透していく姿勢が重要です。ただし、拡散するだけではバラバラになってしまいますから、思いっきり拡がったその先に、まとまりのあるアイデアとして「Conversion」(集約)する過程も大切です。拡散と集約、双方のバランスを取りながらダイナミズムを発揮する組織でありたいと考えています。
さらに、組織としての多様性を生むため、「地理的な分散」も積極的に図っていきたい。最近、我々は、京都に研究室を新設しましたが、東京大学の教授でソニーCSL副所長でもある暦本純一さんが室長になりました。その前年に暦本さんが、「東京の他に拠点を作りたい」「行くなら、京都だ!」「京都に拠点ができれば東大は辞める!」と言い始めました。理由は、「日本の都市で、都市の名前だけで人を呼べるところは京都だから」と。暦本さんが京都の室長に就き、リサーチャーのラナ・シナパヤさんと竹内雄一郎さんも京都に移りました。京都に拠点が出来たおかげで、今は、内外3拠点が相互に共振、作用しながら新しいチャレンジができるようになりました。京都研究室は、今度のオープンハウスで、茶道に造詣の深い伊住禮次朗さん(裏千家家元のご実甥)とテレプレゼンスの研究を活用した研究構想についてクロストークを行います。こうしたコラボが実現するのも、彼らが京都に「身を移し」た結果、会う人が変わり、行動パターンが変わったからこそです。新型コロナによる在宅勤務と暦本さん自身が開発する拡張現実感の技術で、どこにいてもほとんどの仕事ができるようになったこともこの流れを加速しています。物理的な場所の制約からの解放と物理的にその場にいることによる新たな視点と相互作用の獲得が同時に起きているのです。欧州においても、CSLパリの活動の一環として、実験的にローマに拠点を構えました。新しくできた京都とローマからは今でにない展開を期待できると思います。
コロナ禍でテレワークが当たり前の世の中になりました。でも、「あえて人が移動したからこそ、新しい風を連れてこられる」というメリットの大きさを、我々はこの一年で実感しています。だからこそ、今後は京都以外でも分散型の研究拠点を作っていきたい。例えば、「春の三ヶ月間だけ、数名のチームが瀬戸内地方に拠点を構える」というのもありでしょう。出張や旅行で行くのと、実際に住むのでは、見える景色が違います。また、現在、拠点のないアジアや北米、さらにはアフリカなどにも拠点を検討することもあるかもしれません。もともと多様なリサーチャーが、さらにいろいろな場所に散り、多様で色濃い経験を積むようになれば、今の多様性とはまた違うレベルでの「超多様」な組織が作れるようになるはずです。
新型コロナウイルスの流行は、私たちに大きな制限をもたらしましたが、どんな境遇にあっても、個々の創造力は拡張していきます。ソニーCSLという組織自体が実験でもあり、一つの冒険です。この惑星と人類文明の激変期に、新たな組織のあり方を探究していきます。今回のオープンハウスはそのチャレンジの一環でもあります。この機会に是非、ソニーCSLの冒険に参加して頂ければと思います。
(聞き手・古川雅子 / ノンフィクションライター)
This page is available only in Japanese.