ミュージック・エクセレンス・プロジェクト
アシスタント講師インタビュー
10代のピアニストを対象に、身体教育、芸術教育を包括的に提供する「ミュージック・エクセレンス・プロジェクト」。受講生たちは、約4ヶ月に1回のディーナ・ヨッフェ先生によるオンライン・レッスンに加え、アシスタント講師による対面のレッスン、古屋晋一研究員による体の使い方などについてのアドバイスを受けながら、より理想に近い音楽表現を目指していきます。
2020年8月のスタートから1年、1期生の指導を担当したアシスタント講師のみなさんに、受講生たちの変化について、またレッスンを通じて感じたことについて、お話を伺いました。
芸術的指導と身体的指導の連携の成果を実感!
―――ここまで1年間指導にあたられてきて、レッスンはどのようなものだったか、継続する中でどんなことを感じているか、お聞かせください。
尾崎 私のレッスンでは、立ち会ってくださっている古屋さんに、指導の途中でも体の使い方についてアドバイスをはさんでいただくようにしていました。
結果的に見られた変化には個人差がありますが、オーディションのときから姿勢が気になっていた受講生たちには、特に大きな変化があったと思います。また、演奏する姿自体が大きく変わっていなくても、ご本人がいろいろなことを試すようになり、弾き方に柔軟になってきたという内面的な変化がみられています。
若い頃は、次の試験やコンクールのため、どんどん新しい曲を勉強していかなくてはならない状態に置かれがちなので、姿勢にまで頭が回りにくいかもしれません。だからこそ、古屋さんの指摘で身体の問題を把握する機会があることは大切だと思います。そうして変化した音を、演奏の解釈や表現に生かしていくにはまた時間をかける必要があります。でもまずはその最初の段階という意味で、大きな効果が出ていると思います。
西尾 10代は、体の使い方や音楽表現のアプローチ、感情など、いろいろ模索し葛藤している時期の子が多いように思います。それがごちゃ混ぜになってる子もいれば、客観的に捉えている子もいて、本当にさまざまです。単発のレッスンではなく、1年間にわたり継続的に見ていくことで、そんな心の変化や内面的なところまで掘り下げてレッスンができました。
ヨッフェ先生は、内面的なところを引き出そうというアプローチでレッスンをしてくださっていたので、私たちアシスタントもそれを引き継いでいたように思います。そこに、彼らが内に抱いているものを具体的に音にするには何が足りていないのかを、古屋さんが体の使い方の面からアバイスしてくださった形です。こうした連携をとりながら一人の生徒に働きかけるタイプのレッスンは、初めてでした。
鯛中 ある道を究めるには、結局は自分が問題意識を持つしかありません。受講生の変化には、目に見えにくいものもあるかもしれませんが、少なくとも、自分から能動的に取り組んでいくアプローチのための種まきはできたのではないかと感じています。
古屋さんのような専門性をもってコーチングできる方は、日本には他にいらっしゃらないですよね。そのうえアカデミーには、みんながお互いをリスペクトしつつ馴れ合いすぎない健全な空気が流れていて、だからこそ、音楽に集中できました。これは幸せなことだったと思います。
10代という、音楽に取り組むうえである意味もっとも大切な時期を迎えている才能と、継続的にコミュニケーションをとりながら試行錯誤してきたことは、私にとってもありがたい経験でした。
松下 レッスン後の古屋さんによる指導の時間は、私も一緒に聞いていてとても勉強になります。1年かけて受講生と信頼関係を築きあげ、心を開いてもらい、その上で成り立っているコーチングであることも実感しました。
ヨッフェ先生は、最終的には耳が大切だということをよくおっしゃいますが、古屋さんのアドバイスも聴く姿勢に結びつくことばかりです。芸術面の指導も、身体的なアドバイスがあるからこそ、実際どうしたらそのような音を出せるようになるかヒントを得ていたように思います。体を壊さず楽に弾けることで、音楽的な成長も早く進むのではないでしょうか。
吉岡 思うように演奏できなかったとき、それが体の使い方で解決できるのか、もしく別のアプローチが必要なのかを、受講生が自分で考えるプロセスが生まれたように思います。1年間のうちに、彼らが自分で試行錯誤する様子が見られる場面が増えていきました。
それには、ヨッフェ先生やアシスタント講師たちが、音楽的、芸術的な表現で指導をし、その直後に古屋さんが身体面のアドバイスをしてくださることが大きかったと思います。より具体的に、こうすればそれが実現できるんだということが理解できるのでしょうね。うまく連携がとれていたという実感があります。
アカデミーの身体教育は、ここが新しい
―――講師のみなさんが10代の頃に受けていたピアノ教育と比べて、ここのアカデミーでやっていること、とくに身体教育の内容に感じる新しさや違いについて思うことがあればお聞かせください。
吉岡 演奏に直接つなげられる体の使い方をアドバイスしてもらえることが、一番大きいと思います。私も旧来の身体教育トレーニングを少しやってみたことはあるのですが、どれも演奏とは別にトレーニングをするものだったので、学んだことをその後どう演奏に落とし込んでいけばよいか、実際にトレーニングによって演奏のどこが変化したのかがわかりにくいところがありました。
自分も10代の頃、このアカデミーで行われているような体の使い方と音楽表現が融合されたレッスンが受けられていれば、体を壊すこともなく、効率よく、適切な練習に時間が割けただろうなと感じます。
松下 私は学生時代、ヨッフェ先生のもと勉強していたので、古屋さんが教えていらっしゃるような体の使い方を自分がやっているところはあります。ただ今思えば、そこにたどり着くまでにすごく時間がかかったと感じますね。どうすれば思っている音が出るのか、自分で全部考えなくてはいけませんでしたから。若い頃に古屋さんがしているようなアドバイスを受けていたら、もっと早くそこに行けたのかもしれないという気はしています(笑)。
鯛中 私が初めて古屋さんにお会いしたのは2013年ですが、本当にその瞬間、もうちょっと早くお会いできていたらよかったと思いました。10代の頃は、練習すればだいたい弾けるようになるという感覚がありましたが、二十歳をこえたあたりから今までは、本当に苦難の連続です。今も自分自身をレッスンするのが一番難しいですね。
教える立場としては、自分の感覚でわかっていても、具体的に説明して伝えることは簡単でないので、日々試行錯誤しています。古屋さんのレッスンは、誰に対しても明確に、なぜそうなのかが見える内容なので、もう、かないませんよね(笑)。
それと逆に今になって、自分が10代で受けていたレッスンがいかに恵まれていたかということ、未熟で理解しきれないことがどれだけあったかということを、改めて感じています。
西尾 私も10代の頃は、弾けてしまうみたいな感覚で、体のことを考えず、勢いで練習量をこなしているところがありました。
そこからモスクワ音楽院に留学したら、まずピアノの状態がひどく、自分が楽器によりそわなくてはいけないことから、フォームについて考えるようになりました。そして、ロシアのピアニストたちはどうしてああいう音が出せるのか、おそらく体の使い方に何かあるのだろうと思いました。でも私が師事したロシアの先生方は、実際に弾く音や抽象的なイメージで教えてくださることが多く、具体的な体の使い方の指導は特にありませんでした。今思うと当然の事で、身体的なことは、音楽院に入る前の段階で習得しているのを前提に、教えられていたのだと思います。そのため自分の耳で覚え、感覚でつかんでいくという試行錯誤を重ねました。すると、ある時手に違和感を覚えたのです。
そんな中、2016年に古屋さんにお会いしました。これが目から鱗という経験で、弾いているフォームを見ただけで、「表現したいことはこうだろうけれど、体はこうなっている」と具体的に指摘してくださるのです。自分がここまで積み上げてきたことが崩れ去ったような感覚がありましたが、同時に、もう一度自分の体と向き合わなくては、長く弾けないピアニストになってしまうと強く感じました。
ただ、もし10代の頃に同じ教育を与えられたとして、自分にそれを受け入れるキャパや理解力があっただろうかと思うところはありますね...。
尾崎 私も、もし自分が10代で古屋さんの指導を受けられたとして、どれだけ生かせただろうかと思うところがあります。その意味で、ここの受講生たちは本当によく話を聞き実践しようとしているので、まずそこがすばらしいですね。
私自身は体格的に恵まれていたので、10代の頃、技術的に困ることがほとんどありませんでした。そんな中、古屋さんに出会ったのは、ハノーファー音楽大学に留学していたときのことです。古屋さんも大学で研究をされていたので、よく演奏を聴いていただいたり、お話を伺う機会がありました。
研究者、指導者としての古屋さんに感じる一番の特徴は、ご自身が素晴らしい耳を持っているということ。体の使い方の指導がこれだけ的確にできる人も少ないかもしれませんが、さらに音楽的に優れた耳を持ち、弾き手が本当はどんな音を出したいと思っているかまで推測できるって、とんでもない能力だと思います。だからこそ、生徒たちは古屋さんを信頼し、指導を真摯にうけとめるのだろうと思います。
―――みなさん、10代のころは技術的に悩みがなくても、歳を重ねるにつれて内面が育ち、欲しい音が増えて具体的になることで、気づいたときには意外と思い通りに体が動かないという感覚になるのかもしれませんね…。ところでこのアカデミーは、体の使い方について定期的に測定があることも特徴かと思いますが、そのあたりについてはいかがですか?
尾崎 今はなんでも数字で明らかにする時代です。指導のなかで具体的に数字が出てくることはありませんが、実際には体の動きの変化について、データとして数値化したものが記録され、科学的な根拠が残されています。こういう時代に合った、とても信頼される手法ではないかと思います。
松下 私自身ではないのですが、私の生徒が指を痛めてしまって古屋さんに助けていただいています。病院で診察をうけ、薬を処方してもらっても効果がなかったのに、体の動きを測定し、数値化した情報をもとに指の動きの問題を具体的に指摘してもらったことで、改善の方向に向かっています。
その子の将来の計画を聞いたうえで、指が痛いけれどどうしていきたいのか、選曲を変えるのはどうか、指使いを変えたら解決できないかなど、個人に寄り添って具体的なアドバイスをしてくださいました。こういう指導はとても貴重だと思います。
指導法にも発展が!
―――講師のみなさんがこちらで教えるようになったことで、ご自分の指導法に感じる変化、取り入れている新しいことがあればお聞かせください。
尾崎 古屋さんと出会って9年ほどですが、演奏姿を見て瞬時に言葉が出る、さらにいえば音を聴いただけで問題がどこにあるかを見出す指導は、見ていてとても勉強になります。自分の演奏に対していただいたアドバイスや、アカデミーで聞いたことを取り入れてレッスンする機会は、結構多いですね。
生徒を見ていて一番多いのは、思うように楽器を響かせることができないケースです。そんなときも、こちらの着眼点が多ければ多いほど、的確なアドバイスができます。例えば肩が上がっている子がいても、肩だけに注目するのではなく、体全体の使い方と関連づけて見る必要があります。
鯛中 肩が上がるのは、そこに力が入っていることが原因とは限りませんよね。以前、指導者がその上がっている肩を思い切り押して下げようとしているレッスンを見たこともありますけれど、それでは逆効果でしょう。肩の問題が実は下半身の使い方に由来していることもありますし、または感情が豊かなことの裏返しであることもありますから、俯瞰的に見ることが大切です。私もそれを、このアカデミーで教えるなかで学びました。
生徒が目指す表現のために、できるだけのオプションを示し、そこから取捨選択していくということを、これからも突き詰めていきたいです。
西尾 私は、受講生にレッスンをする中でちょうど良い適切な言葉が出てこないとき、古屋さんがニュアンスまで察知して、じゃあこうしようと言ってくださることが本当に助かり、勉強になりました。ヨッフェ先生もよく受講生の年齢を確認しますが、10代といっても、例えば11歳と17歳では経験や見えているものも違うので、伝え方、言葉の選び方が変わってきます。結局、レッスンは人と人が共同的に創造するものなので、私自身も想像力を働かせて個々の受講生の能力を引き出せるようなレッスンを心掛けています。
松下 私も教える立場にたったとき、自分がやっていることを、どう言葉にして伝えたらいいかわからないことがたくさんありましたから、古屋さんが使う表現を聞くことは勉強になりました。人によって体格などみんな違うので、そこも考慮して、伝わる表現を考えるようになりました。
また、手や腕の動きだけでなく、下半身にも気を配ることで劇的にかわるケースを見て、自分の生徒の指導にも取り入れることが増えました。ちょっとずつ引き出しが増えてきたという実感がありますね。
吉岡 伝え方は、私もとても勉強になりました。どうしても「もっと柔らかく」というような表現をしがちなのですが、「この関節に力が入っているから音が硬いんだよ」、「ここをこうするともっと柔らかい音が出るかもしれないよ」と具体的に言ってあげることが大切だと気づきました。
それから古屋さんは、何かアドバイスをするたびに、受講生に今どう感じたか、やってみてどうだったかをすごく質問するんですね。そして反応をみて、言葉を選んでいくんです。
つい、そうじゃなくてこうだとこちらから言いたくなってしまうけれど、まずは生徒に問いかけることで、自分で考える力が身につくのだと思います。
―――若い頃から考える習慣をつけることには、意義を感じますか?
西尾 若い頃に置かれる環境は人それぞれで、場合によっては受け取ることばかりになる子もいるかもしれませんが、やはり自分で考える機会があることは大事だと思います。
ヨッフェ先生も古屋さんも、受講生に自分の演奏をどう思うかよく質問しています。アカデミーがスタートした当初、受講生の中にはレスポンスがなかなか返ってこない子もいましたが、毎月続けているうちに、答えようとする意欲が伝わってくるようになりました。
アシスタント講師にもディスカッションの機会が多く設けられていて、みんなが自分で考え、自発的にものを言わないと成り立たない環境です。
それぞれが抱く、今後への課題
—レッスンを行う中で受講生にどんな変化が感じられたか、また、今後への課題、やってみたいことなどがあればお聞かせください。
吉岡 受講生がそれぞれに問題意識を持ち、そこにどう取り組んだらいいかを考えようとする意志を感じるようになりました。そのなかで印象的なのは、音や音楽を十分に聞けるようになった生徒の事例です。ゼロから一音一音作っていくヨッフェ先生のレッスンを受ける中で、音色が豊かになり、彼ら自身にもやりたいこと、目指すところが見えてきたケースも見られたように思います。
松下 曲についてのイメージを聞くと、回を重ねるごとに、みなさんちゃんとした答えを返してくれるようになったので、きちんと考えて練習しているのだなと思いました。ただ、例えば「さみしい」という感情ひとつとっても、実際に体験しなくてはイメージの幅にも限りがあるのではないかと思うところもあります。でもそれは、これからいろいろな経験をすることで、いろいろな種類のさみしさが想像できるようになり、表現に幅が出るのではないかなと思います。
西尾 ある感情がわからなければ、小説や映画からの疑似体験でもいいのでとにかく知ろうとして、心を動かすことが大事です。人前で演奏するとき、まずは演奏者の心が動いていることで、初めて聴き手の心に届くものだと思います。また、これは自分自身で意識している部分でもありますが、アーティストである前に、人として豊かになっていってもらえたら嬉しいです。
尾崎 指先のことについては、受講生はみんないろいろ勉強していますが、私が特に気にかけていたのは、感情や表現、イメージの部分でした。ある曲についてどう考えているのか聞くと、みんなすぐに答えてくれます。ただ、そのイメージの持ち方が、まだ大雑把かなと思うところはありました。
例えば、作品から景色が思い浮かぶとき、その中に自分がいるのか、それとも別の人がいるのか、どんな時間帯で、湿度や匂いはどんなものなのか。そんな風にイメージをもっと細かく持つことが大切だと思います。それには、いろいろな場所に出かけ、経験していくこと、そしてその経験をアウトプットに生かせるサイクルを身につける必要があります。
このあたりのことがどのように意識されているか、今度、受講生たちと話してみたいですね。
鯛中 私がレッスンをするなかで身をもって感じたのは、一対一が基本のレッスンの中では、お互いを理解することがとにかく大事だということ。まずは相手を受け入れ、その上で何かを示唆するとうまくいくのだと学びました。先日、恩師にお会いしたとき、「君は音楽のことをすごく愛しているけど、私はまず人間が好きだ」とおっしゃっていて。そういうところから、指導者としての懐の深さが生まれるのだろうと思ったばかりです。
まずは人を理解しようとする。これは、古屋さんの受講生へのアプローチからも学ぶところが多いですね。
本プログラム一期目の修了を発表する場として、1年間の教育・トレーニングを実施してきた第一期生のジュニアピアニスト9名、ならびに本プログラムの音楽ディレクターであるディーナ・ヨッフェ(Dina Yoffe)氏と第一期生を指導したアシスタント講師らが演奏を行う「ピアノアカデミー 第一期生修了コンサート」を11月8日に開催します。1年間のプログラムを修了した一期生の成長とともに、世界の第一線で活躍するヨッフェ氏のピアノをご鑑賞ください。
https://www.sonycsl.co.jp/pianoacademy20211108/
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