Sony Computer Science Laboratories: First Symposium in the United States
September 22, 2014
Museum of Modern Art, New York
2014年9月22日、ソニーコンピュータサイエンス研究所(Sony CSL)は、米国初となるシンポジウムを開催し、Sony CSLの研究員らにより、(1)グローバル・アジェンダ、(2)クリエイティビティの探求、そして(3) 人間の能力拡張に関する3つの主要なテーマについて講演が行われました。
シンポジウム会場となったのは、ニューヨーク近代美術館(MoMA)の第2シアター。科学者や教育関係者、学生、ジャーナリスト、ソニー社員を含む150名以上の人々が参加し、大盛況となりました。終了後には館内ロビー(Ronald S. and Carole Lauder Lobby)にてレセプションも開催されました。
シンポジウムは、ソニーCSLの代表取締役社長、所長、北野宏明の講演で幕を開けました。北野は、現在の実証科学のアプローチが、極めて強力であることを指摘するとともに、これは、事象の再現可能性が前提となる、比較的クローズ型システムにおける有効性であることを指摘しました。その上で、世界が現在直面している問題の多くは、再現することのできない予測不可能な事象であること、そしてそのような現象に理解を深め適切な対応を行うには、現在の科学の方法には限界があるという問題提起を行いました。そこで、CSLでの研究の一つの概念となっているオープンシステム・サイエンスというアプローチを紹介しました。現実世界にはクローズ型システムは存在せず、規模の違いはあるものの、すべてのシステム間には相互関係があり、その結果として想定外かつ極めて極端な現象が発生します。北野は、人類と地球の持続可能性が非常に重要な研究の目的であり、それを実現するための画期的で実用的な手法を見出すことの重要性を強調しました。そして、研究者に求められる要件として、越境し行動すること、つまり専門の研究分野や特定の国や地域などだけに注意を払うのではなく、垣根を超え、幅広い分野との相互関係を念頭においた新しい視点を持つこと、そしてThink Extremeつまり、極めて極端な状況を想定したり、極限的な方法論や技術を想定することの重要さ、を挙げました。最後に、シンポジウムの主なテーマであるグローバル・アジェンダ、人間の能力拡張、およびクリエイティビティの探求について触れ、わずか30人ほどのCSLの研究員らがこうしたコンテクストにおいて幅広い、価値のある知識を探求し、行動し、世の中に変革を及ぼしつつあることを力説して講演を終えました。
アフリカ諸国およびバングラデシュにおいて、ソニーCSLが実施している自然エネルギーを利用した実証実験の模様をまとめたビデオが紹介された後、アネッタ・ヴェルツは自身の研究テーマである、電力を柔軟に共有することを可能とするピアツーピア電力網(オープンエネルギーシステム)についての講演を行いました。従来の集中型AC電力網では、発電所から各家庭への送電は一方向に限られるため、例えば送電網のどこかでトラブルが発生した場合、大規模な停電が起きるなど、構造上のリスクがあることを指摘した上で、オープンエネルギーシステム(OES)コンセプトの潜在的優位性について述べました。OESでは、複数のマイクログリッド(小規模分散型電力システム)が発電および蓄電、そして電気を直流(DC)のまま双方向に送り出して融通し合うことができます。ヴェルツはOESアプローチの実証モデルとして、沖縄科学技術大学院大学(OIST)キャンパス内の教職員住宅エリアで行っているパイロットプロジェクトを取りあげました。そして最後に、世界の人々、特に電力供給が不安定な地域や無電化地域で暮らす人々のライフスタイルを向上させるために、ボトムアップによる低コスト分散型電力網がもたらす恩恵について述べました。
舩橋真俊の講演は、世界の食糧生産において、小規模農家と単一作物の大規模農家とではどちらの生産量が多いかという問いかけからスタートしました。その答は総生産量の70%を占める小規模農家であり、世界の人口の実に1/3の人々が、全世界の耕地の80%を占める小規模農家で働いているという説明に続けて、環境破壊および生態系の崩壊が深刻化する中、小規模農家も大規模農家と同じように土壌を痩せさせてしまっていると指摘しました。そして舩橋は、生態系を一つの共同体として考えることにより、生産高だけでなく生態の健全性をも拡張することができる協生農法を紹介しました。舩橋の研究では、ごく限られたスペースにおいても多種多様な作物を栽培し、系統的なデータ収集を行なっています。植物学では、数十万もの種がこれまでに確認されており、その内の7千種程度が食料や生活資材に用いる事が出来る有用種であるにもかかわらず、我々が口にする食物の75%はわずか12の植物と5種類の動物に由来するものです。協生農法では、生態系に関する大量のデータを探索的に活用することで、これまで見過ごされて来た食物資源を有効利用し、生態系の健康と活力を高めることができます。
3Dプリントされた小型のセントラルパークについての説明から話を始めた竹内雄一郎は、フェルトでできた土壌の上に多様な植物の生い茂る水耕 栽培の庭を自動的にプリントする手法について説明し、それが都市の緑化を推し進める効果的な方法になり得ると力説しました。続けて、竹内は自 身が目指す「ボトムアップ型の未来都市」の実現に貢献する技術開発として、(庭のプリンティングに加えて)二つのプロジェクトを紹介しまし た。一つは、映画「インセプション」で都市がねじ曲げられるシーンからインスピレーションを得たという“インセプション”グラス。これは、携 帯機器(将来的には眼鏡型ウェアラブルデバイス)上で都市の姿をカスタマイズできるソフトウェアです。例えばこれを使って、あるビル内のレス トランの評判に基づいて、画面上の建物の高さを変化させたり、人の往来が激しい都市において街の角の向こう側をモニターできるようにする使い 方を実演しました。3つ目のトピックである「表現する都市」の例として挙げたのがMIMMI。これはソーシャルメディアを解析してミネアポリ スに住む人たちの「気分」を測り、その「気分」を光と音と霧によって表現するインスタレーションでした。竹内は最後に、Facebookのプ ロフィールを編集するのと同じくらい簡単に住環境を変更することができる、「ハビタブル(居住できる)・ビット」によって形作られる未来の都 市のビジョンを語って講演を終えました。
シンポジウムの第2部は、ソニーCSLの創設者、所眞理雄とブックレットThe Point of Knowing(ダウンロード)の執筆に携わったアダム・フルフォードの対談で幕を開けました。このブックレットは、2013年、ソニーCSLの創立25周年を記念して発行されたもので、ニューヨークのシンポジウムにも同じタイトルが付けられました。所の掲げる知識探求の目的は、世界が直面する人類共通の問題の解決でした。これまでの科学の方法論は、細分化された専門性の高い研究を深く掘り下げることはできたましたが、他の分野と関連付けて問題を理解することが困難で、現実の問題を総合的に解決するための視点に欠けるきらいがありました。そうした欠点を克服するために所が注目し提案したのがオープンシステム・サイエンスという新しい科学の方法論です。オープンシステム・サイエンスは、細胞から人体、そして地球の生態系に至るすべてがオープンなシステムであり、相互関係の上に成り立っている、という前提に立っています。そして、いま真実とされていることは、いつの日か覆される可能性があることを認めることが不可欠であると所は言います。そして、この方法論が効果をあげるためには、研究者は、自身の研究が現実の問題に適用できないと分かった段階でその方向性を変え、もしくは断念するような柔軟性を持たなければならないと言います。ソニーCSLの足跡を振り返ってみると、オープンシステム・サイエンスの必要性が明らかになります。最初の10年はコンピュータの可能性を探る研究、次の10年で人間中心のいろいろな研究を行い、そして現在、その次の10年として多種多様なシステムの複雑な相互関係を研究しています。オープンシステム・サイエンスは、そのような課題解決のための最適なフレームワークとなっているのです。
ソニーCSL副所長の暦本純一の講演テーマは「A New You」。CSLの初期からのメンバーであり、HCI(Human Computer Interaction)の世界的研究者である暦本は、人とモノとのインタラクションについて、「インターフェース」と「能力拡張」という二つの切り口から語り始めました。「インターフェース」はモノの操作を可能にする界面に関する研究であり、一方の「能力拡張」とは、人間自身の機能の拡張を伴うものの研究である。人間の能力は、コンピュータを使う、あるいは”人馬一体”ならぬ”人機一体”と呼べるようにまで融合することで拡張され、それはコンピュータを使わない場合やコンピュータのみの場合よりも優れた結果を得る可能性があることを示唆しました。いくつかの自身のプロジェクトの事例として、ユーザの身体動作と同期して飛翔するドローン「Flying Eyes」や立体映像によって拡張されたプール「AquaCave」などを挙げました。暦本は、こうした技術を利用することで、場所の制約を越えて人間が仮想的に移動し、外部視点によってリアルタイムでランニングやバッティング、あるいは「AquaCAVE」の場合には泳いでいるときのフォームを客観視できるようになり、フォームなどの改善につなげられると述べました。また、頭部に装着する「LiveSphere」というウェアラブル機器を使えば、それを付けている人、例えば一流の体操選手が競技中に実際に見ている世界を共有することができるようになります。また、自律飛翔式ボール「HoverBall」を使えば、あらゆる年齢の人が、その身体能力、制約に関係なく、ハリーポッターさながらにクィディッチを楽しめるようになるのです。
遠藤は、「Hack the Body- 身体をハッキングする」というテーマで発表を行いました(遠藤は、スケジュールの都合により、東京からの遠隔参加)。身体が不自由な人々は、周りの先入観や技術の欠落によって障害があると思われてしまっているという考えのもと、遠藤は、ロボット義足、低価格帯の義足、競技用義足という3タイプの義足を提供することで誰もが動く喜びを享受できるようにする試みについて話をしました。左膝より下を切断しなければならなくなった友人の力になりたいという想いに駆られた遠藤は、足首などの関節とほぼ同じ機能を果たすことができるロボット義足の開発、改良に取り組んできました。足首の代わりとして開発された電池駆動式のロボット足首の大きさは実際の足首と殆ど変わりません。遠藤は他にも、これまで2万3千本の義足を無償提供してきたインドのNPO、ジャイプール・フットのための低価格帯の義足や、パラリンピックの選手のための高性能な義足の開発に取り組んでいます。遠藤の開発した義足によって能力が拡張された選手達が、オリンピックの記録を脅かす日がやってくるのもそう遠くはないかもしれません。
アレクシー・アンドレは、ソニーCSLの設立25周年記念ブックレット『The Point of Knowing』のビジュアルデザインを担当しており、その独創的で統一感のあるソニーCSLのイメージ作りに一役買っています。アンドレの主な研究テーマは、創作プロセスを重要視したエンターテインメント(遊び)。アンドレは、即時的で受け身な娯楽ではなく能動的で奥深く、人を飽きさせることのない「遊び」を探求していると語り、「音に触れることはできるのか?」という視点から「Sound Bugs(音蟲)」という音の遊びを紹介しました。それは生成した音を再生したり、リミックスしたり、正に触れることを可能とする音のプログラムです。また、「描く」という動作の定義についても考えを巡らせているうちに、描き終えた作品だけではなく、描くプロセスにも同等、あるいは作品以上に価値があるのではと考え始めました。アンドレは、予め着地点の予測できる活動ではなく、過程に不確実性がもたらす期待感が加われば、結果だけでなく、プロセスそのもので遊ぶことができる筈だと主張します。「音を使って描く」デモンストレーションを行った後、ものの仕組み、そのプロセスそのものに焦点を当てることにより、知的で難しい課題に対してもクリエイティブに応えることができる「遊道」の可能性について述べ、講演を終えました。
シンポジウムの締め括りは、ソニーCSLパリ所長のフランソワ・パシェが音楽を中心に、スタイル・クライオージニクスについて講演を行いました。自身がパリメトロ公認の大道芸人でもあることから、このテーマについてはちょっとした権威であることを自負しているとの前ふりに続き、イタリア映画音楽の巨匠、エンニオ・モリコーネにインタビューした時の話になりました。モリコーネはその独特な作風について、例えば、6thコードを使うことで果てしない音の広がりを表現できると語ったそうです。そして次にパシェが紹介したのは、スタイルとリアルタイムでのインタラクションを可能にするContinuatorというソフトウェア。ジャズピアノ奏者が短いインプロビゼーション(即興)を弾くと、Continuator がそれと同じスタイルで曲の続きを演奏します。パシェは、研究の結果、音楽の種類に関わらず、その「スタイル」の抽出ができることになったと言います。その例として、複雑なハーモニーで定評のある人気ジャズボーカル・グループ、テイク6のスタイルを、ブラジルの有名なソングライター、イヴァン・リンスの楽曲「アイランド」に当てはめた時のことを紹介しました。リンスの驚きと興奮を捉えたビデオからは、テイク6のハーモニーを適合させた結果に対するポジティブな評価だけでなく、資産としてのスタイル自身の価値も明らかになりました。最後にパシェは、音楽の色々なスタイルをマッシュアップする携帯ソフトウェアRadio FM2の紹介をして講演を終えました。こちらは近々ソニーCSLパリより一般公開される予定です。
Program Chair: Jun Rekimoto, Deputy Director, Sony CSL
Organization Chair: Yoko Honjo, General Manager, Sony CSL
Organized by: Sony Computer Science Laboratories, Inc. (Sony CSL)
Supported by: Sony Corporation of America (SCA)