Society for Neuroscience の学会である Neuroscience 2007 が、 2007年11月3日から7日の会期で、米国 San Diego にて開催されました。この年次会合は非常に大規模で、今年は31,000人もの研究者が集いました。あまりに規模が大きいため、全ての発表を網羅して聴くことは出来ませんが、脳科学、神経科学、認知科学における最先端の研究動向を一望するにはうってつけのイベントです。今回の学会での話題の中から、いくつか興味深かったものを以下にピックアップします。
"Imaging Human Brain Connections" というタイトルで Oxford 大学の H. Johansen-berg が発表したのは、MRI を使用して、脳のマクロな形状ではなく、神経線維の接続関係を推定および表示する技術でした。この技術を用いると、大脳皮質の解剖学的領域境界を神経接続の観点から定義し直したり、皮質下の神経核のそれぞれが他の領域とどのような接続関係にあるのかを観たり、機能の局在性についても別のデータからの検証が出来るようになります。これまでは入手できなかった情報が得られることになりますので、脳科学や医療の発展にも大いに寄与するものと考えられます。
"A mobile brain computer interface platform for operational neuroscience" というタイトルで台湾の Chiao-Tung 大学の C.-T. Lin らのチームが発表したのは、EEG ベースの Brain Computer Interface に関してでした。いわゆる Brain Machine Interface (BMI) ものの発表でしたが、特に興味深かったのは彼らがそこで用いた新しい EEG の機器で、これまでのように大きな装置を用いたり、頭皮にジェルを塗布する必要の無いものでした。 MEMS 技術を応用してシリコンベースの「ドライな」電極アレイを構成したものになっています。これまでの EEG が持っていた障壁を大きく軽減するもので、 BMI に限らず様々な場面での応用があり得るのではないかと思います。
理化学研究所の佐藤直行は、記憶に関するタスクを行っている被験者に対して fMRI と EEG を同時に適用した実験について報告をしました。彼らの実験結果によると、頭皮で観測されるシータ波は、海馬に由来するものとのことです。人間においてシータ波と海馬の活動の関連性を示唆する初めての証拠だと (私の理解している限りでは) 思います。このように複数の計測手法を組み合わせることで新たな知見も得られるという意味でも非常に興味深い発表でした。
"How the brain extends the boundaries of a scene in memory" というタイトルで Harvard 大学の E. M. Aminoff らが発表したのは、シーン記憶における "boundary extention" が発生する際の脳活動を fMRI で計測した実験についてでした。"boundary extension" とは心理学的な現象で、あるシーンを見た後に記憶に頼ってそのシーンの絵を描いてもらうと、多くの人が元のシーンには無かった外側の部分まで延長して (補完して) 描いてしまうという現象です。彼らの実験によると、海馬傍回(parahippocampal cortex, PHC) と脳梁膨大部の後方に位置する領域 (retrosplenial cortex, RSC) の二つが関与しており、前者がシーンの正確な記憶を呼び起こそうとすることに関与するのに対して、後者は境界を延長することに関与するとのことです。
ミニワークショップでの話題にもいくつか面白いものがありました。
一つは、「セロトニンと意志決定」に関する話題です。報酬と意志決定に関する神経伝達物質としてはドーパミンが有名ですが、セロトニン (5HT) も意志決定、特に目標志向の行動にとって非常に重要な神経伝達物質ということで、近年研究者の間でも注目度が上がっているようです。5HT は鬱や精神分裂疾患との関連も高く、これらの患者が社会的な行動に障害を来たすことが多いことを考えると、ドーパミンだけでなく、5HT にも注目する流れは理にかなっていると言えます。
もう一つ考えさせられたのは、「連続した行動 (sequential behavior) を可能にする脳のメカニズム」についてです。単発の行動ではなく、一連の行動が伴って初めて意味のある連続した行動を取れるのは、人間や他の比較的高等と言われる生物に特有の事柄です。伝統的な人工知能やニューラルネットワークでは、センサ入力とアクチュエータ出力の対応関係を最適化するというアプローチが取られます。実際、動物も最初は意識的に行っていた行動であっても、それが何度も繰り返されると自動化されるように脳内の回路が構成されます。しかし、我々が住んでいる世界では、最適な行動やその行動の拠り所として考慮すべき情報は常に変化しています。直面している状況に対して、何を無視するかというのは重要で、注意 (attention) や認知的枠組み (cognitive framework) とも密接に関連することであるように思います。
(FRL研究員 Qi Zhang, 田谷文彦)
This article is available in Japanese.